「第三者」による客観的な評価
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UCDAアワード2022 実行委員メッセージ 〜情報のわかりやすさと、コミュニケーションデザイン〜

UCDAアワード2022 実行委員の皆さまから、「情報のわかりやすさと、コミュニケーションデザイン」をテーマにメッセージをいただきました。

敬称略 順不同

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金融商品の商品性と情報のわかりやすさ
内藤 純一
(元 ⾦融庁 総務企画局⻑/全国信用協同組合連合会 理事長)
 金融商品の販売をめぐり、最近、銀行や証券会社などの販売業者と個人顧客との間で苦情・トラブルがまた増えている。かつて私も金融当局者としてこの種の問題を担当したことがあり、それがなぜ今増えているのか、少し考えたい。
 そもそも、金融商品取引法上の「適合性の原則」では、販売業者は顧客の投資に関する知識、経験、財産の状況などを踏まえて勧誘しなければならない、とされている。こうしたなか、ネット証券の台頭などによって通常の株式手数料が近年大幅に低下し、また、ノーロード型(売買手数料が無料)投資信託を売り物にする販売業者の出現によって、業者相互間の競争は激化の一途だ。銀行にとっても、本業の貸出が振るわないため、金融商品販売を手数料収入の核と位置づけ、大きな期待をかける。しかし、多額の手数料狙いの営業姿勢には当局から厳しい目が向けられる。
 金融商品の中にあって、とりわけ「仕組み債」の販売にトラブルが多い。それは、超低金利下の今の日本で、年数%以上の高金利を提示できる商品がこの仕組み債以外にないために、顧客がその商品性を十分理解しないまま「高金利」と「債券」という名前(安全性!?)につられて買ってしまう事例が後を絶たないからだ。
発行会社は普通の社債を発行するが、販売促進のために金融機関サイドで顧客ニーズにマッチするよう加工を施す。一例として、この社債に日経平均株価に連動するプット・オプション(将来、ある水準の株価で売るという約束)を組み込んだ商品を取り上げよう。顧客はこのオプションの権利を売って高額のオプション料を手に入れる一方、金融機関はそれを支払って買う。顧客に支払われる高金利とは、とりも直さずこのオプション料そのもので、顧客はいつの間にかオプション権を売る側に立っている。
 将来、日経平均が当初定めた価格を割りこんだ時、金融機関は約束通りの価格で顧客に株式を売るが、その株式は市場からより安い株価で調達できる。株価が下がれば下がるほど金融機関は儲かる。一方、オプション権を売った顧客は値の下がった株式を一定の価格で引き取らねばならず、大きな損失を出す。逆に、株価が一定以上上昇した時には仕組み債の繰上げ償還が約束されているために取引は手仕舞いとなり、高金利を受け取る機会はそこで終了する。要するに、顧客にはハイリスクであってもハイリターンとは言い難い代物なのだ。さらに販売業者(金融機関)にとって都合の良いことに、問題の手数料は商品性の陰に隠れて表面化することはない。
 仕組み債でトラブルが頻発しているということは、いうまでもなく顧客がその商品性を十分理解していないことに由来する。簡素な商品性とわかりやすい商品説明、この首尾一貫性こそが顧客満足度を高める肝というべきではないだろうか。

情報を伝えることと、コミュニケーションデザイン
錦野 裕宗
(弁護士法人 中央総合法律事務所 東京事務所副所長 社員弁護士パートナー)
 金融商品取引法(金商法)上の契約締結前交付書面等、金融商品の商品概要を説明する書面には、必ず小さな文字で顧客への注意喚起情報や、金融機関の免責事項が列挙される「誰からもほぼ読まれない頁」が存在する。
 「法令で記載が求められているため記載せざるを得ないが、商品訴求を行う大事な頁にあると邪魔なので、小さくして一か所に集めてしまえ」、「顧客からクレームがあったときには、それは出来ないと書いてありますと言いたいが、商品を売るためには不要で、むしろ販売にマイナスとなるので、目立たないところへ移そう」との作成者の心の声が聞こえてくる。これが「誰からもほぼ読まれない頁」が出来上がるメカニズムである。私は、これに「情報の吹き溜まり」との称号を与えた。「情報の吹き溜まり」は、「伝えたい」とのパッションが一切ないデスゾーンである。
 金融機関は、今、デジタル化に熱心だ。DX、UI、UX等、聞きなれない言葉が飛び交う。「離脱率」との言葉も、金融機関から聞くようになった。
アプリ等において、ユーザーにボタンを押すことを求める数が多いほど顧客が離脱してしまうため、出来るだけこの数が少ない方がいい、と聞いたことがある。
 そのせいであろうか、アプリ等での金融商品の販売においても、先ほどの「情報の吹き溜まり」が、現出することとなっている。
一つの頁に小さな字で沢山の注意事項が記載され、スクロールを重ねに重ねないと一番下まで行かないものを作り、ボタン一つでその内容を了解したことの言質を取る。
「情報の吹き溜まり」とのチャンネルを超えた再会である。悲しいかな、我が国の金融のデジタル化の、情報品質という観点からの現在位置はこのあたりなのかな、と思う。
 紙、WEB、動画等、様々な媒体を組み合わせたコミュニケーションデザインが広がりを見せる。しかし、媒体を変え、組み合わせたりしても、あるいは何らかのテクニックに走っても、「伝わる」わけではない。
大事なのは、「伝えたい」というパッションであり、そのパッションに向き合った行動である。
それは、不可能なものではなく、案外シンプルなものである。作成者の奥様、旦那様に「伝えたい」、と思い、それを作れば、全て解決だ。「伝えたい」とのパッションで、「情報の吹き溜まり」など一瞬で消えてしまうはずだ。

かわいい、わかりやすいは正義
~作り付けの仕組みとコミュニケーションデザイン~
河原 純一郎
(国立大学法人 北海道大学文学研究院 心理学研究室 教授)
 赤ちゃんや乳児はコミュニケーションの要点を知っています。微笑みかけられたら、こちらはもう微笑み返すしかありません。イヌやネコの赤ちゃんに対しても、かわいいと感じて近づきたくなってしまう人は少なくないでしょう。これらの例からわかるように、身体の割に大きな頭、広い額、顔のやや下側にある大きな目、小さい身体に短い足、プクプクした体型、柔らかそうな頬といった特徴をもつものを、かわいいと感じる仕組み(心理学ではベビースキーマといいます)をわたしたちは持っています。すなわち、これらを満たすものには自動的に反応してかわいく感じてしまいます。このような傾向はわたしたちにとって、作りつけの仕組みであるため、仕方のないことです。言い換えるとかわいいは正義で、逆らえません。
 一方で、印刷物や表示、WEB画面などによってコミュニケーションをとる際にも作りつけの仕組みが関わります。わたしたちが文字や図を理解するときは、一度に取り込める情報量が数件に限られてしまいます。考えて、覚えようとする際には要点を絞り込み、時間をかけて記憶する仕組みが働きます(この仕組みを心理学では作業記憶といいます)。一般に、「記憶力がよい」とされる青年期でもせいぜい一度に3-4個が限界で、複雑なものごとの場合は、彼(女)らでも1-2個しか扱いきれないこともあります。こんなとき、表示が大きく明瞭で、余計な周辺情報がなく、順序よく整理されて呈示されれば、理解し、覚えることの助けになります。見る側にとっては(作業記憶の重荷が避けられるので)苦労せず、すらすらとわかることでしょう。言い換えるとわかりやすいは正義といえます。
 コミュニケーションデザインを研究することは、私たちがもつ、作りつけの仕組みを上手く生かして、伝えやすさを高める工夫をすることでもあるでしょう。印刷・web表示の技術が素早く進歩する中で、私が専門とする認知心理学が、その工夫のプロセスにお役に立てればうれしく思います。

高コンテクスト(文脈)依存の日本における
コミュニケーションデザイン
中内 茂樹
(国立大学法人 豊橋技術科学大学 副学長)
 1970年代に文化人類学者エドワード・T・ホール氏が提唱した「高コンテクスト文化」、「低コンテクスト文化」という概念があります。コミュニケーションにおいて、言葉に重きを置く低コンテクストか、非言語情報が重要な高コンテクストかによって文化圏の傾向を分類したものですが、ご想像の通り、日本は典型的な高コンテクスト文化だといわれています。前提となる文脈(常識や考え方など)が共有されているものとして、いわば「以心伝心」を良とする文化であり、聞き手の能力に期待しているということもできるでしょう。一方、欧米のような低コンテクスト文化では、言葉で表現された内容が重要であって、伝わらないのは話し手側のスキルの問題とされる場合が多いそうです。
 日本文化の文脈依存性は1,000年を超える長い時間をかけて醸成されてきたものであって、それを欧米式の低コンテクストへと書き換えることは不可能であり、有意義であるとも思えません。UCDAが面白いのは、一見すると低コンテクスト文化に見られるように「書かれた内容」を重視しながらも、視覚効果のような非言語的な要素の重要性も併せて考えようとしているところだと思います。まさに、典型的な高コンテクスト文化の日本が、低コンテクストの概念を受容しつつ、独自のスタイルを作り上げていくその過程そのものです。コンテクスト依存性の高低によらないユニバーサルなコミュニケーションという日本独自の概念が、そこから生まれるのではと期待しています。

食品表示のわかりやすさとコミュニケーションデザイン
池戸 重信
(公立大学法人 宮城大学 名誉教授)
 食品表示は、消費者と食品の提供サイドを結ぶ”信頼の絆”である。制度的にも食品表示法を中心に関係法令によってきめ細かなルールが規定されており、違反した場合の罰則も、懲役や数億円の罰金が科せられるなど決して軽いものではない。ちなみに、2021年6月から、食品衛生又は食品表示の不適正に伴い食品関連事業者が食品を自主回収(リコール)した場合、その情報について自治体への報告の義務が課せられるとともに最終的には公表される制度が始動した。これまでの約1年の経過を見ると、食品衛生関連が全体の約31%に対して食品表示関連は2倍の約63%を占めている。
 本来、食品表示は消費者の健全な食生活の実現のためにあるものである。事業者は罰則の大小や基準の有無など法令の動きの方を向く前に、消費者に必要かつ有効な情報を「わかりやすく」伝えることに傾注すべきである。しかし、最近の消費者庁のアンケート調査によれば、食品の表示事項について「➀文字が小さくて見にくい」又は「②表示事項が多すぎて見にくい」と思っている消費者は依然として多く、特に文字数が多い「原材料名」や「食品添加物」については①②合わせて約37%を示している。
 一方、「わかりやすい表示」に関しては、現行の食品表示基準において「一括表示」、「原則8ポイント以上の文字」、「背景と対照的な色の文字」を用いることといった規定しかないため、所管の消費者庁等において10年以上のわたり検討されており、消費者基本法に基づく「消費者基本計画」でも要検討事項として位置づけられている。
 こうした中、UCDAが消費者庁の委託を受けて実施した『「わかりやすい食品表示」の啓発とガイドライン作成プロジェクト調査』の結果は、本格的な「わかりやすい表示の定義」に関する調査としてきわめて高い評価を得ている。
 今後これらの成果も含めUCDAがこれまで培ってきた実績を活かした更なる検討により、「わかりやすい表示」の客観的・科学的定義が明確になることで、我が国の食品表示制度が消費者の視点に立ったより実効あるものになることを大いに期待するものである。

行政とコミュニケーションデザイン
吉本 豊
(元 経済産業省 政策⽴案総括審議官/JSR株式会社 執⾏役員)
 偶然目にした朝の情報番組で、ある自治体の議会活動の広報紙のことを取り上げていて驚いた。ネットメディアなどでも取り上げられていたようなので、目にされた方もいるだろう。
 家電量販店のチラシかと見まがうようなド派手なデザイン。今年度の予算が議会で可決されたと総額が大見出し。市民に身近な施策の予算額や市民が受け取る給付金の予定額などを、わかりやすく写真と数字で伝えている。政治や行政にとって施策は市民に提供する商品だ。その一つひとつに値段(予算額)がついているのも同じ。その着眼点に目からうろこが落ちる思いがした。
 スタジオの反応も対照的で面白かった。年配の出演者は広告だと思って捨てられるだけと顔をしかめるが、若い世代にはすこぶる好評であった。この広報を担当したのは、議会事務局に勤める一人の公務員の方。独学で広告を学び、30時間をかけて制作。議会広報を担当した数年前から、議会活動の内容を週刊誌の新聞広告風にまとめたり(これはくだんの年配出演者にはウケていた)、映画のポスターをパロったりと毎年趣向を凝らしてきた由。その一つひとつが斬新で、感心を通り越して感銘、いや感動すら覚えた。
 この担当者のモチベーションはシンプルだ。この自治体では、過去何期にもわたり議員定数を下回る立候補者しかおらず無投票。議会議員選挙が行われていない事態をなんとか打開したいと、議会の活動の広報に工夫を重ねているという。努力の甲斐あって近年は議会の傍聴者が増えたり、議員の活発な議会質問に結び付いているという。
 これこそコミュニケーションデザインの原点だ。わかりやすいコミュニケーションデザインを作るためには、理論があり、それに基づいた様々な工夫や技法が当然求められる。しかし、相手に伝えたいというその思いこそが、優れたコミュニケーション・デザインの最も重要な要素だ。そして、UCDAの活動で伝えたいことは、まさにその点。
 情熱をもった一人の自治体職員の方に大切なことを教わった。

より豊かなコミュニケーション体験のために
⽮⼝ 博之
(東京電機⼤学 理⼯学部 教授)
 この原稿を書いている時点でも、新型コロナウィルスの感染拡大は収まる様子はない。対面でのコミュニケーションも戻ってきたが、非対面のコミュニケーションも併用されている。実のところ、コロナ前でも情報通信技術の面では非対面のコミュニケーションは可能であったが利用はほとんどなかった。しかし新型コロナウィルスの感染拡大を契機として非対面のコミュニケーションが当たり前の体験となった。この出来事はコミュニケーションのあり方を考え直す良い機会につながったと捉えることもできるだろう。
 今年のUCDAアワードでは、こうした動きを踏まえ、分野ごとの評価でなくメディアごとの評価に移行した。大きな変更であったが、それでも紙部門やデジタル部門では、DC9や加点評価で戸惑うことは殆どなかった。しかし紙とデジタルの融合を目指したコミュニケーションデザイン部門では、紙単体、デジタル単体の評価が割れていたり、コンテンツ相互の関連性が取れていなかったりと、結果をまとめるのは大変難しかった。これは利用者や利用状況の多様性がデザイン側でも評価者の側でも整理できておらず、さまざまな評価が混在する状況が生じたためではないかと見ている。
 コミュニケーションデザイン部門で見せて欲しかったのは、それぞれのメディアの特性を組み合わせてデザインされたより豊かなコミュニケーション体験である。紙メディア、デジタルメディアともそれぞれ利点もあれば欠点もある。だからこそ単一のメディアだけでは成し得ないマルチモーダルコミュニケーションの新しいデザインを期待したい。そのためには情報通信技術やデザイン手法に更なる進歩が必要になるかもしれない。しかしそれだけで実現するとも思われない。人間の認知特性、メディア特性の理解に加え、1者、2者、3者の相互理解の上に、それらを統合・調整する第3者の働きも重要なはずだ。少し先になるかもしれないが、あらゆる情報がわかりやすいと誰もが実感できるコミュニケーションデザインが当たり前の体験となること、そして第3者であるUCDAの活動がコミュニケーションデザインの姿を変えていく契機となることを期待したい。

金融サービスとコミュニケーションデザイン

大井 幸子
(株式会社SAIL 代表取締役社⻑ 国際⾦融アナリスト)
〜金融商品はまるで抽象絵画〜
 世の中様々な商品があるが、おそらく金融商品が最も抽象的でわかりにくいだろう。自動車であれば実際に試乗して、目的や予算に見合うかどうかチェックできる。また、営業マンもお客さまの要望に沿って商品を客観的に説明できるので、コミュニケーションがとりやすい。
 しかし、金融商品は将来のリターンやリスクが確率論的な数値で示され、投資家にとってはあたかも抽象絵画の鑑賞のように感じるだろう。何が描いてあるのか、観る角度によっても、その時の心理状況によっても異なって感じられるからだ。

〜伝え方とわかりやすさ化〜
 金融業界は命の次に大切なお金を扱うので、当然、詐欺などの犯罪がないよう厳しい規制がある。最近は投資家保護に基づいてコンプライアンスも厳正になっている。そこで、営業マンが金融商品を伝えようとすると、お客様にとっては詳細だがわかりにくい説明になってしまう。
 このように、営業サイドが投資家責任を負う買い手と同じ共通認識の上に立って伝え方を工夫しないと、コミュニケーションが成立しない。伝わらないと投資家からの信用を得ることができない。金融サービスを提供する金融機関がどうやって「わかりやすさ化」を実践してくかは、企業収益に直結した重要課題である。

〜良好なコミュニケーションで信用創出〜
 投資家と同じ土俵に立って良好なコミュニケーションを取るためには、同じ絵画を鑑賞しているという共通認識が必要だ。その上で、サービス提供者はお客様(投資家)が目の前の絵画をどう解釈しているのか理解し、客観的な立場に立って、要望に応えるサービスを心がけるべきだろう。そうして長期にわたるお客様との信頼を築ければ、金融商品は預金から投信、保険まで幅広いためお客様のニーズに応じた商品・サービスを長期にわたって提供できるだろう。そうした努力の積み重ねが企業にとっての信用創造となる。
 では何をすべきか?社を挙げて「わかりやすさ化」を標準化し、お客様との良好なコミュニケーションへの取組みとそのプラットフォームが不可欠である。

人の心の動きまで把握した「コミュニケーションデザイン」
岡嶋 克典
(横浜国⽴⼤学 ⼤学院環境情報研究院 教授)
 今回は「情報のわかりやすさとコミュニケーションデザイン」についてちょっと変わった観点から考察してみたいと思います。「情報」とは「知らなかったことを知ったこと」と定義できます。例えば、16日に「明日は17日だよ」と聞かされても、これは「情報」とはなりません。しかし、連日快晴だったのに、「明日は急に天気が悪くなるよ」と知らされたら、これは「情報」となります。また東京では「明日は雨だよ」より、「明日は雪だよ」の方が大きな情報となります。これは、確率的に生じにくい事象を知る方が大きな情報量であるためで、「未曽有の災禍」のニュースは誰も予想していなかった事態が生じたという巨大な情報量を含むために、我々に大きなインパクトを与えるわけです。
 このように、情報を伝えるとは、相手が知らないことを知らせてあげる、または教えてあげることですので、受け取った方としては(実体は見えませんが)「情報をもらえた」という感覚を持ちますし、わかりにくいとはこのような実感が得られないことを指すともいえます。また、これまで全く知らなかったことや曖昧だったことをはっきり知った時、人は「たくさん情報を得た」と感じ、「とてもよくわかった」と喜び、もっと知りたいとモチベーションも向上します。このように、どれだけ効率的(短時間)に大きな情報を伝え、それを継続させるかも、わかりやすさの度合いに関係するのですが、これらについては、まだあまり研究されていないように思います。
 その情報にアクセスできなければ「わかりやすさ」も意味がないので、書かれた情報は見えて読める必要があります。これが、視認性(あるいは可読性)特性で、最も研究が進んでいる分野です。しかし、いくら読みやすくても、内容が理解できなければわかりやすくなりません。その人が何を知りたがっていて、何がわからないかを正しく理解することで、効率のよい情報伝達が可能になるのです。情報を伝えたい人の状況を正しく把握することからスタートし、人の心の動きにまで考慮した「コミュニケーションデザイン」の設計法が、今後求められていくと考えています。

人間中心設計とコミュニケーションデザイン
吉武 良治
(芝浦⼯業⼤学 デザイン⼯学部 教授)
 今年のUCDAアワードのテーマは「ユニバーサルコミュニケーションデザインは、人との関係を耕すこと。」と設定されました。まさに人に注目し、人とのよい関係を継続的に構築していくことが、サービスデザインやビジネスの成功への鍵になります。人間工学の基本となっている人間中心設計(HCD)では、次の6つの原則があげられています。

a) ユーザー、タスク及び環境の明確な理解に基づいて設計する
b) ユーザーは設計及び開発の全体を通して関与する
c) ユーザーの視点からの評価に基づいて設計を方向付け、改良する
d) プロセスを繰り返す
e) ユーザーエクスペリエンス(UX)を考慮して設計する
f) 様々な専門分野の技能及び視点をもつ人々を設計チームに加える

 製品や情報媒体をデザインする際、すぐに具体的にデザインできる文字サイズやレイアウト、ナビゲーションなどを検討したくなりますが、上記原則からわかるように、常に、どのような人がどのような環境、利用状況で利用するのかを整理し、意識しながら取り組むことが大切です。e)の「UXを考慮して設計する」とは、利用者との様々なタッチポイントでのUX向上の大切さに言及しており、直接的なインタラクションが生じる前の体験や態度を考慮すること、準備やセットアップの体験の考慮、マニュアルやヘルプデスク、サポート体制や保守体制等、長期的なよい関係の重要性を含んでいます。ひとつでも悪い体験が生じると信頼を回復するためには多くの労力を要します。一つひとつの接点を大切にしていく姿勢が重要であることがわかります。
 コミュニケーションの利用状況を考えるとき、「情報提示のみvs対話型」、「リアルタイム(対面等) vsオンデマンド」等に分けて考えるとそれぞれの特徴を生かしたよりよい情報伝達の検討がしやすくなります。パンフレットや紙による記入フォームの場合と、Webフォームのように入力に対するフィードバックを伴う場合で適切な表示やフローは異なってきます。またその場で意思決定が必要な場合と、後日確認や再検討できる場合には提示すべき適切な情報量が異なることがあります。人間中心で利用状況を考慮してデザインすることは、よりよい関係を築くコミュニケーションデザインと同じ取組みといえるでしょう。

情報開示とコミュニケーションデザイン
村 千鶴⼦
(⼀般財団法⼈ ⽇本消費者協会 理事⻑)
 消費者問題とは「事業者と消費者との間の格差によっておこる問題」である。格差の中でも、消費者契約法が第1条の目的規定で定めている「事業者と消費者との間の情報の質と量の格差、および交渉力の格差」が特に重要で、是正の必要性が指摘されている。
 格差是正の観点から、消費者法の多くでは、取引内容や契約条項などについて広告や契約書面などで、消費者に対して詳細な情報開示を義務付けるものが一般的な規制となっている。情報格差がある場合は、情報を持っている事業者が、十分な情報を持っていない消費者に対して情報開示すべきことは、情報格差を是正する上で基本であることは言うまでもない。これによって、消費者は、従来は入手することが極めて難しかった商品やサービスの内容や質、取引内容などに関する詳しい情報を知ることが可能になる。
 ただ、一方で、詳しい情報が広告や契約書面などの形で提供されれば、消費者にとって十分か、という問題がある。最近、シカゴ大学とミシガン大学の研究者の共著「義務的情報開示の失敗」についての著書に接する機会があった。ここで指摘されていることは、詳しい契約条件の開示を法的義務化した結果、何が起こり、何が問題となっているか、ということである。丁寧な情報開示としての契約書面が長大で難解なものとなり、これをアメリカでは「ベッドシーツ」などと呼ぶそうである。消費者に、ベッドシーツを読むための時間と精神的苦痛を与える上、理解するスキルを身に着けるための勉強を強いることになるという指摘である。
 わたしは、法律で情報開示を義務付けることは必要不可欠と信じているが、上記の指摘からわかることは、それだけでは十分とは言えないということである。開示すべき情報の中から、本質的に重要な部分をピックアップして、消費者に対してわかりやすい形で提供する説明資料が、さらに必要とされるということに気づかされる。つまり、いかに重要な情報を絞り込んで、消費者が「見る気になり」「見れば、容易にポイントを把握することができる」資料が重要ということである。この観点から、コミュニケーションデザインの視点が重要なのである。

情報のわかりやすさのためのコミュニケーションデザイン
篠森 敬三
(⾼知⼯科⼤学 情報学群 教授/情報学群長)
 情報のわかりやすさを考えるとき、文字の大きさや文字数に配慮したり、専門的な用語を使わない、図や動画などを使って視覚的にわかりやすくということをまずは考えます。その効果は大きいものではありますが、これだけで素晴らしいコミュニケーションを達成するためのデザインとして完結できるかと考えると、それは難しいと思われます。教育現場での経験では、説明を丁寧にしても内容がそのままだと、理解がなかなか深まらないのは皆様にも容易にご理解頂けると思います。
 コミュニケーションは双方向性の活動なので、説明する側が内容への深い理解はもとより、内容をうまく構造化、簡略化できているか、ということも重要な要素だと考えられます。コミュニケーションデザインを進める中で、曖昧さをもともとの内容から排除しておく、複雑な論理をシンプルな形で整合する、例外の取扱いを明確にする、といったこともあわせて考えることにより、内容をよりわかりやすい論理構造にすること、それに伴ってシンプルな形での説明にし、あわせて説明するべき例外を明確化することが重要です。
 単なる表面的なデザインの改良だけでは、改善度合いも大きくはなりません。デザイナーにお任せするのではなく、全社的な取組みの中から担当各部門の意見を聞き、さらには全社的な調整も行うなど、内容そのものを優れたデザインにする過程を経ることによって、最終的に優れたコミュニケーションデザインが生み出されます。規格やマニュアルによる表面的なデザイン改良をはるかに越えたところで、コミュニケーションデザインの進展を図ることが重要です。
 UCDAアワードはこのような大きな背景のもとで生み出されるコミュニケーションデザイン同士のコンペティションです。UCDAアワードに参加する様々な業種、分野のデザインは、認知科学や心理学等の学術的な面で、例えば暗黙知の顕在化といった観点からも大変興味深いものです。毎年拝見するのを楽しみにしています。

広告会社「営業」とコミュニケーションデザイン

橘 益夫
(⼀般社団法⼈IKIGAIプロジェクト 代表理事)
 会社時代から、半世紀以上にわたり(未だ)営業活動を行なっている。コミュニケーションデザインの言葉、概念が生まれる前からだ。
 相手(お得意様)に提案を受け入れてもらえない限り仕事にならない。相手の抱えている課題、悩みを聞き出し、解決策をわかりやすく、伝え、理解してもらうプロセス(=コミュニケーションデザイン)はいつの時代でも普遍・不変と考える。
 アナログ時代は「シロクマ広告社」(ご存知かな?)そのもので、お得意様と仕事上のみならず、プライベートまで共有し、相手の求めている真意(解決策)を掴み、確信をついた提案が作りやすかった。パワポがない時代、模造紙に手書きでプレゼンを作る時間はまさにコミュニケーションデザインの実践。見やすく、わかりやすく、強調したい部分は、大きく色付きの文字で。自分の伝えたいことが、一目瞭然を目指していた。正直、納得いくものは少ないのも事実。当然、全てが採用されたわけでもない。
 さて、コロナ禍で進展したデジタル・トランスフォーメーション(DX)時代の「営業」はどうだ。相手(お得意様)とリモート中心で、アイスブレークの世間話もままならない。ましてやプライベートの話は論外のようだ。となると、相手の心を動かす提案書の作り方が肝となる。興味・関心を持つ課題設定、見やすく、わかりやすいレイアウトでポイントを明確に。加えて、相手の期待を超える「サプライズ」なサービス(スタッフ、スピード、コストなど)をデザインすることが必要と考える。

食品表示の原点・コミュニケーションデザイン
天明 英之
(フード・オフィス・天明 代表/⾷品表⽰アドバイザー)
 消費者が購入する食品のパッケージには、食品メーカーが消費者に伝えたいたくさんの情報が詰まっています。商品名、商品のキャッチフレーズ、絵・写真等々…、その中でも特に食品表示法やその他の法律で義務付けられた「一括表示」としてまとめられた表示や栄養成分表示は消費者の喫食時の安全性の確保、商品選択、健康維持のための情報が詰まっています。
 しかし、消費者は一括表示や栄養成分表示などの重要な情報を、商品の購入時や使用時に読んでいるのでしょうか。食品メーカーは、消費者にこれらの重要な情報を読んでもらうように努めているのでしょうか。パッケージで商品の宣伝を前面に打ち出し、一括表示や栄養成分表示などの重要な情報を裏面の片隅に追いやってはいないでしょうか。法律だけ守っていればよいという考えになっていないでしょうか。
 食品表示は書いてあればいいというものではありません。記載されている情報が正しく・わかりやすく消費者に伝わることが重要です。このためには、一括表示や栄養成分表示のパッケージ上での表示する位置、文字のフォント、文字の大きさ、文字と文字の間隔、文字色と背景色とのコントラスト等々…食品メーカーの工夫が必要です。このような工夫が、食品表示を消費者が読みたくなるような表示に変身させ、消費者は食品表示を賢く読んで賢く利用することになるのです。
 そして、これらの地道な努力を食品メーカーが実践することによって、ゆくゆくはわかりやすい表示をする食品メーカーの商品を選ぼう。というように、変わっていくのではないでしょうか。

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