コラムのコンセプト

現象だけを見ていては、何も解決されません。
調べて、議論をして、分析をして、
知識を深めなければ、本質は見えてこないのです。
このコラムでは、有識者の方々の経験や知見を通して、「情報品質」の本質を探っていきます。

フィデューシャリー・デューティー事情 第2回

  弁護士法人 中央総合法律事務所
社員弁護士パートナー
UCDA理事 錦野裕宗

「情報のわかりやすさ」は、企業の創意工夫により、はじめて実現

第1回で説明したとおり、FD原則は、金融事業者の競争・市場原理を利用する施策です。重要なポイントは、金融事業者が、顧客から選択されるために競争を行うことです。そこでの選択権者は「顧客」とされており、「監督当局」とはされていない点に、金融庁の強い意志を感じます。

一般論ではありますが、規制業種の特徴として、監督当局の見解が示されれば、監督対象事業者としては、そこで思考停止に陥ってしまう、という点を挙げることができるように思います。

事業者は、監督当局の見解に反する行動を事実上取ることができないため、ある取扱いが監督当局の見解と整合的であることの確認がとれれば、そこが思考・行動のゴールとなってしまうことが多いのではないでしょうか。

監督当局の見解に合致することが確認できた取扱いは、業界内で共有され、業界全体で横並びの対応がとられることも多く(競争分野ではなくなる)、これを変更することに、事業者のインセンティブが生じにくいこととなります。

また、監督当局の見解に合致することが確認できた取扱いを変更することは、行政リスクを含むものであるため、再度、変更後の取扱いについて監督当局の見解を確認する必要も出てきます。そのような現象の一つの例が、FD原則でルールベース対応の弊害とされる「形式的・画一的対応」ですが、それは「ルール」(法令)のみの弊害というより、監督当局の行政指導(口出し)一般に認められる弊害のように思います。このような世界では、「小さく生んで大きく育てる」ということも実現しないこととなります。

一方、企業の、情報品質向上、「情報のわかりやすさ」への取組みは、「終わり」・思考停止することが許されないものです。
情報が一定の分量以上となれば、読み手の理解しようとする意欲は減退してしまいます。読み手が理解可能な分量には、間違いなく限界があります。一方、これだけ説明責任、説明責任といわれる世の中、企業側においては、その説明責任を十分に果たす観点から、別の穿った見方をすれば、顧客からクレームがあった際に、自らのリスクヘッジを図る観点から、記載・提供しておきたいと考える情報は増える一方です。

「情報のわかりやすさ」を実現するのであれば、情報を削減する努力を常に継続する必要があります。また、「情報のわかりやすさ」を実現するためには、柔軟な工夫が必要ですし、これに係る(必ずしも行政機関が有していない)客観的・専門的知見が必要となります。

このように見てみますと、「情報のわかりやすさ」という分野には、FD原則の企業(金融事業者)の競争・市場原理に任せ、監督当局は一歩引こうとの考えが、ぴったりと当てはまるように思います。
「情報のわかりやすさ」は、企業の創意工夫により、はじめて実現するものと言えます。

第3回へ続く