「第三者」による客観的な評価

25:橋本孝之

日本アイ・ビー・エム株式会社 会長 橋本 孝之 様

個人の優れた能力を引き出して活用する

福田:会長が、コンピューター業界へ入られたいきさつは?

橋本:名古屋大学で学んだ頃の専攻は工学部の応用物理学科でした。就職の時、将来性のある仕事として、情報産業を目指しました。36年前の、1978年ですから、既に大企業にはかなりコンピューターが入っていましたが、中堅企業ではこれから検討に入るという時期でした。
福田:当時に比べると、コンピューターはものすごく進歩しましたね。会長はアメリカで勤務されていましたね。

橋本:ニューヨークで2年間勤務をしておりました。

福田:IBMさんは、当時から世界を代表するグローバルな企業でした。私がいた会社は、当時外資との合弁会社でした。経営スタンスが違う最初は戸惑いました。取締役会は、外人が半分をしめていました。例えば、投資効率をすごく重視し、土地や建物等非生産的な投資には特に慎重でした。会長はグローバルな視点で、今の日本の経営をどうお考えになりますか?

橋本:資本効率という視点では、投資をする所はもっと積極的に行い、そこにおきる可能性のあるリスクはとるということが必要になってくるでしょうね。やはり、デフレが20年間続きましたので、萎縮している部分があるかもしれません。アメリカの企業は、お金をどう使い回収するか、投資効率に対して非常に貪欲です。リスクをとって経営をしていくというスタンスです。ここが、かなり違うのではないかと思いますね。

福田:当時、アメリカの親会社に行きますと、社長はビジネスの場に女性を二人連れてきました。一人は法務担当、一人は財務担当。女性が活躍しています。私達の会社では、全員幹部は男性でした。遅まきながら、女性の登用を真剣に考えました。御社の内永専務(当時)にいろいろご指導いただきました。IBMさんはずいぶん進んでいますよね。

橋本:そうですね。多様な人材に活躍してもらおうとするダイバーシティーの考え方には第1世代、第2世代、第3世代があると自分で定義付けています。第1世代は法的対応です。男女雇用機会均等法や、労働基準法の男女同一賃金原則などの法の要請に対する受け身型のダイバーシティーです。第2世代は多様性を一応重視しますが、ただ本業とは少し離れてCSR(企業の社会的責任)的なところでのダイバーシティーになります。要はまだボランティア的ですよね。企業イメージを上げるためにやろうとするものです。そして第3世代というのは、ダイバーシティーこそ企業の成長のビタミン剤であり、ダイバーシティーが無かったら本当の変革が起きないという考えです。IBMでは、女性の活躍という観点からは、おそらくもう第3世代まで来ていると思います。私が今推進しようと思っているのは、身体に障がいがある方の力を活かすと言うこと。つまり障がい者の雇用・活用の問題です。この点では、今の日本はまだ第1世代から第2世代の間ぐらいです。社員の2%の雇用を法律で義務づけられているから取り組むという、法的対応型の要請がまだ強いのです。例えば視力にハンディキャップがある方は、耳で聞いて理解する能力が高いなど、健常な人に比べて優れているところがありますので、そのような優れた能力を引き出して活用していくことが大切です。

福田:全盲の部長さんもおられますものね。

橋本:うちは役員クラスでもいますから。今、さらに進めようとしていることは、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)という、性的少数派の方々への対応です。日本はこの面での対応が遅れています。あらゆる面のダイバーシティーについて、世代を1、2、3とできるだけ進めて行きたいと考えています。女性の活躍に関して、日本IBMは1998年に取り組みを強化し始めて、十数年かかって、ようやく社員数とかマネージャー数に占める女性の割合が20%レベルとなりました。女性のいない会議なんてほぼありません。

福田:私は、ダイバーシティの第一ステップとして女性の活用を積極的にやりたいと考えました。提案をしてもうまくいかず、イライラするばかりでした。

橋本:IBMはマネジメントシステムがきちんとしています。例えば、今、社長の都合が悪くなった時、誰を後任にするか候補者が決まっています。また、3年後に交代するとしたら誰が候補となるか、5年後は誰が、というように、幹部候補生が決まっているわけです。また、候補者には3つの箱があります。1つ目は自組織。自組織というのは日本IBMの社長だったら日本人、日本IBMの社員です。2つ目は外部。日本IBM以外でもいいし、海外のIBMでもいいのです。そして、3つ目は女性です。そういう箱があるわけです。自分の組織から、外部から、女性から。3年後なら誰、5年後なら誰と、いろいろシミュレーションがあるわけです。

福田:なるほど。理論的な仕組みができていますね。環境の急変にあわてず即応できるわけですね。

橋本:これまで日本は終身雇用システムだったので、自社内からがどうしても多かったのです。アメリカやヨーロッパ、それに成長している中国などに比べると、日本は流動性が少ないです。

スマート化する社会で人材に求められるスキル

福田:会長は、「ルーチン・ワーカーとスマート・ワーカー」という言葉を使われています。素敵な表現だなぁと思います。

ucda_talk10_2橋本:ルーチン・ワーカーというのは、基本的に同じ仕事を繰り返すということです。それは徐々に、ITに取って代わられますよね。スマート・ワーカーは、変革をしていく、チャレンジをしていく、そういう人です。スマート・ワーカーをもっと育てていかなければいけないのですよ。ルーチン・ワークはどんどん機械化するとか、あるいはもっと労働賃金の安い国に持っていくことが、大きなポイントではないかと思います。

福田:そうですね。この頃、スマートという言葉が随分色々なところで使われています。IBMさんのスマート化構想というのは。

橋本:賢いという意味がいいですね。以前、コンピューターは、手作業を機械化することに用いられていました。バック・オフィスの分野です。これが今は、インターネットを使ってコンピューターが営業の代わりをしてくれます。マーケティング、広告・宣伝をインターネットを使ってできるようになります。このように、効率化を追求するバック・オフィスだけでなく、新たな価値を生み出すフロント・オフィスでの活用も可能になってきました。もう一つは、スマーター・シティー。社会インフラとITを融合させて都市を豊かにしていく、持続可能にしていくということです。このように、コンピュータを使ったスマート化の方向の一つはスマーター・エンタプライズ、もう一つはスマーター・シティー、そういう二つの方向に向かっています。

福田:さまざまなサービスを受け、生活が豊かになるといいですね。これはユビキタス社会というイメージとはちがうのですか。

橋本:重なっている所がありますね。ユビキタスというのは、ありとあらゆるものがネットで結ばれる社会です。今、IoT(インターネット・オブ・シングス)とか言いますけれど、ものが全部インターネットで結ばれて、情報発信していきます。そうすると人間が今までやっていたことが、どんどん機械に置き換わっていくわけです。それこそ自動車の自動運行なんてその究極で、最終的に運転手が要らなくなってしまうかもしれません。 技術の進歩に伴い、コンピューターが人間にとって代わることが増えてくると、人間はより価値の高い、新しいものを生み出すことに取り組むことが必要になってきます。例えば、新しいビジネスを開拓したり、新しい売り方を考えたりするわけです。そのためには、スキルとコンピテンシーの二つの能力が必要だと思います。スキルは、いわゆる職能工とか、マーケティングや営業などのプロフェッショナルに仕事をするために必要な能力です。もう一つ、より重要な能力がコンピテンシーです。日本語で言うと行動特性と言っています。例えば、絶対にへこたれない飽くなきチャレンジ精神とか、多様性を理解出来る様なケイパビリティを持つとか、グローバルな人間ともっと働けるとか、ロジカルにものを考えられるとか、他人にインパクトあるコミュニケーションができるとか、などといったものです。このコンピテンシーこそこれから重要になってきます。非常にものを良く知っていて優秀なのだけれども、業績の上がらない社員がいるんですね。これはやはり、コンピテンシーに欠けるのが原因です。他人との協力関係、信頼関係を含めて、この能力を増していきたいのです。欧米では、コンピテンシーを教育するんですね。スマート・ワーカーの定義はこのコンピテンシーがスマート(賢い)であることなのです。

イノベーションツールとしてのクラウド

福田:やはり、このような社会を実現していくためにベースになっているのがITの進化とネットワークですか。

橋本:ITというのは、インフォメーション・テクノロジーの略字です。しかし、最近私は、ITというのはイノベーション・ツールだと言っています。ITが表舞台で何かやるということではなくて、ITは裏側にいて変革を起こすための道具であると。今は、インフォメーション・テクノロジーなんだけれども、これからはイノベーション・ツールと言った方が良いのではないかと私は考えています。

福田:クラウドについてはいかがですか。

橋本:システムは所有するものから、利用する方向に変わってきました。自社でシステムを設置してプログラムを作るよりも、準備されているシステムを利用することにより、時間をかけずにクイックにスタートさせることができます。費用が少なくて済むというだけではなく、貴重な時間を買うことができると言えます。また、標準化をすることができます。クラウドでいろいろなものを結びつける、特に自社だけではなく他社のビジネスモデルと結びつけてエコシステムを作ることによりビジネスを広げることが可能になるのですが、そのエコシステムの共通のインターフェースをクラウドによって早期に立ち上げることができます。旧来の、自社で全部持つという垂直統合型のビジネスモデルが変わりつつあり、共通のプラットフォームとしてクラウドを用いることで標準化を推進することができると言えます。 ITとビジネスモデルというのは裏腹ですから、一緒に進んでいくと考えた方が良いのではないでしょうか。イノベーション・ツールと申し上げたのはそういう意味です。

福田:マイナスの面で、よく個人情報の流出ですとか、安全、安心という面での話題が出ますよね。このクラウドも、パブリック型だけではなくて、ハイブリッド型というものも普及してきていますけれど、やはりそういった方向になっていくのですか。

橋本:適材適所でしょうね。例えば銀行のオンラインの勘定系システム、こういうものはずっと先だとは思いますが、最終的にはかなりクラウドになるでしょう。それから、今おっしゃったように、自社の中にクローズしたクラウド、つまりプライベート・クラウド。それがあって、パブリック・クラウドもあるというように、いくつかに分かれるでしょうね。それをうまく繋げてハイブリッドで使っていくというように、適材適所で進められていくのだと思います。その組み合わせの技術が、これから必要になっていくだろうと思いますね。

福田:なるほど。やはりすごい犯罪がついてきますからね。

橋本:クレジットカードは、不用意にカードを渡すと番号を盗まれたりしますが、影響はただそれ1枚に留まります。ところがコンピューターの世界というのはマスですから、1回の過ちで何千人、いや何百万人、何千万人に影響を与えるものになってしまいます、これがとても怖いのですね。

福田:やはりIBMさんとしても、クラウド化に対する構想というのは、相当具体的にお持ちでしょう。

橋本:最近はソフトレイヤーという大きな会社を買収して、クラウドに一気にシフトしています。しかし、自営型も無くなるわけではなくて、それこそハイブリッドですけれども、全体的に品揃えしていくということが非常に重要です。

福田:バック・オフィスとフロント・オフィスというお話がありましたが、これだけクラウドの活用が普及してきますと、バック・オフィスの部分は業界で共通化していってもいいと思うんです。

橋本:標準化してしまったらどうかと思います。

福田:業務やシステムも標準化し、帳票も標準化し、クラウドがやりやすいという形が、理想じゃないかなと考えるんです。クラウドでシステムはパブリックになってもですね、かんじん要の仕組みのところは全部プライベートということでね。今後前進していくのではないかなと思うんですけどね。

橋本:それをやらないと日本の社会インフラコストは高いですからね。

福田:例えばコールセンターはほとんど各社でお持ちになっている。コストが安いからといって大連に持っていくケースもあります。勝手な事を申しますが、安いコストを求めるならば、2社、3社でひとつのコールセンターをお作りになったら、東京のど真ん中で同一コストで出来るかもしれませんね。

橋本:ほんとに標準化してね。

福田:はい。クラウド化ということは、ひとつは標準化、単純化になりますね。そのベースになるものは帳票の標準化であると考えています。

橋本:その通りと思います。例えば今まで自営で持っていたものが、クラウドの活用で桁違いに安くなるとすれば、経営の判断からして加速していきますよ。 例えば、10%安い程度だとなかなか乗り気にならないお客様でも、3割、4割安くなるのであれば統合化を検討しようということになるでしょう。

デジタルマーケティングにも伝わりやすさが必要

福田:BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)の分野でも、バック・オフィスからスタートしてフロント・オフィスまでアウトソーシングという形が出てきましたね。販売戦線そのものは、競争しなければなりませんけど、後ろの方は全部コストを安くして、グローバル競争に勝っていくという視点がいるんでしょうね。

橋本:頭では皆分かっているんだけれども、なかなか動かせないんですよね、日本では特に。(笑) 結局、なぜそんなことになってしまうかというと、日本では現場が強いからなのだと思います。現場が強いということは、各現場が自分がこれがいいと思っているから、妥協しないわけです。 アメリカだったらCIO(チーフ・インフォーメーション・オフィサー)がコンピューターのインフラ部分の標準を決めます。そして、それを元に各事業部門が最適なものを作るように、と指示を出すわけですよ。しかし日本ではなかなかそうならない。各事業部が独立していて、その連合体みたいな会社が多いわけです

福田:私どもは一般社団法人を作りまして、情報とかコミュニケーションが伝わりやすくなる運動をしています。これがユニバーサルコミュニケーションデザイン(UCD)です。今のクラウド化、スマート化をどんどん進めていくと、やはり一番そこで重要になっていくのは、『伝わりやすさ』ということだと思うんです。

橋本:仰る通りです。そういう意味ではユニバーサル・デザインというのは、高齢者、障がい者だけではなくて、健常者にとっても分かりやすいメッセージを伝えていくということにおいて、非常に重要ですよね。

福田:そうですね。伝わりやすくするためには、標準化、単純化、場合によっては統合化というような形が必要です。生活者が見やすいものはそういうことです。例えば保険に入るとき、A保険と、B保険の書いてある内容が違うととまどってしまいます。

橋本:全部が違うのではなくて、ちょっとずつ違うんですね。オプションがついてるとか。

福田:担当の方々は日々改善に努力をされています。私達も少しでもお役に立てればと思います。今、産学協創つまり、産業関係の方、学術関係の方といっしょに課題を決めて研究をしています。その研究の成果の一つがUCDAフォント「みんなの文字」です。これは大学、フォント会社、広告代理店とで作り上げたものです。クラウド社会の中で、IBMさんのお手伝いができるようなテーマがあればいいと思います。

橋本:いくつかの分野があります。一つはアクセシビリティです、ITを使って障がいを持った人たちの失った機能を少しでも助けてあげたり、残った機能をもっと光らせて、それを活用することによって健常者以上の仕事ができると考えています。このアクセシビリティの研究は良いテーマです。 それから、やはりデジタルのマーケティングをしていくうえでも、見やすく分かりやすい情報提供が必要です。今までは定石なしに手探りでやっていたところがあるので、定石があって、このようにやればいいですよということが分かれば、非常にデザインはしやすくなると思います。そういう意味では交わっていくところがあるのではないかと思います。

福田:そうですね。最近は、PaaSの領域、SaaSの領域というように、より問題解決型になっていますから、お互いのいい所を持ち寄って研究していくことが必要ですね。

橋本:日本IBMには、アクセシビリティ・センターという、目の見えない研究者がリーダーをしている組織が有り、障がい者、高齢者対象の研究開発に取り組んでいます。また、デジタル・マーケティングに取り組んでいますので、その中に先ほどの定石のようなものがきちんと入れば、非常に良いですね。

福田:そうですね。本日はどうもありがとうございました。

保護中: UCDAトーク

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