「第三者」による客観的な評価

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12:杉山 恒太郎(前篇)

UCDAトーク12:杉山 恒太郎 メディアや時代の変化とコミュニケーション(前篇)

●東京オリンピックは、世界へ向けてのプレゼンテーション

——本日は、杉山恒太郎さんに、クリエイターの視点からみたコミュニケーションのあり方について伺っていきます。
福田:杉山さんの著書を読んで予習しようと思ったんですが、カタカナが飛び交って……(笑)。
写真杉山:カタカナがいいと思っているわけではないですけれど、カタカナじゃないと他に言葉がないんですよね。われわれの仕事って、よくカタカナ商売と揶揄されるでしょ。恥ずかしいかぎりで。
福田:杉山さんがものづくりに関心を持たれたとか、クリエイターの世界にお入りになったきっかけは何でしょうか?
杉山:学生時代は、混乱の時期で、揺さぶられ、壊され、先が見えない状況でした。ずっとサッカーをやっていたんで すが、中学や高校の美術の先生に「絵を描いたほうがいいぞ」と何度も言われました。当時は文化系は軟弱というイメージがあったんでその方面には行きません でした。絵を描くのも音楽や映画も好きでしたけれど。広告の世界に入ったのは、勤め人でもラフな格好でできる仕事だと思ったからかな(笑)。

写真福田:私は絵が好きだったので、印刷の仕事がクリエイティブな仕事だと思って印刷業界に入りました。入って分かったのですが、絵はクリエイティブだが印刷はコピーだった。初めの頃は、お客さまの原稿をクリエイティブして書き換えて怒られたりしました(笑)。
杉山:広告の世界に入ったのは、15、16歳のときの東京オリンピックの経験がベースにあるかもしれない。亀倉雄 策さんのポスターや市川崑さんの記録映画には感動しました。あれは世界的にみても画期的で、日本が世界に発信した最大のプレゼンテーションだと思うんで す。あれを超えるものをつくりたいと思った。自分も2002年日韓W杯や2005年愛知万博の招致に携わりましたが、これは広くいうと日本の広告ですよ ね、世界へ向けての。

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