「第三者」による客観的な評価

15:平尾誠二-3

●コーチに求められる受信力と発信力

ucda_talk_15-6福田:コーチングについてお聞かせください。
平尾:今日のテーマのコミュニケーションは、コーチングのスキルとして最も必要なものかもしれません。選手がいま 何を考えているのか、しんどいのか、楽しいのかなどを含めて、いつも会話することが大事。会話でなくても、動作や表情など、相手のことを常日頃からよく見 ておかないとダメだと思いますね。チームや集団をまとめるうえで、いろんな要素はありますが、いちばんコントロールが難しいのは人だと思うんです。良くも 悪くも予想外のことをする。感情が行動を左右しますが、理屈では割り切れないものですからね。それをどう読み取り、どう制御できるかが人をコントロールす る力だと思います。その意味で、言葉だけではないですが、コミュニケーション能力、さまざまなものを洞察する力がコーチングに必要だと思います。
福田:コーチの立場と選手の立場、情報の発信側と受信側というイメージではどうでしょう。
ucda_talk_15-7平尾:コー チには強い発信力が必要と思うかもしれませんが、受信力もないと名コーチになれません。ランニングを指示したとき、「これは走らなあかん」と思う選手もい れば、いやいや走る者もいる。なかには「なんで走らなあかんのや」と怒る選手がいるかもしれません。選手がどんな気持ちなのかを受信する洞察力がないと次 なる指導の効率が上がらないんです。
福田:コーチは、教える側の発信能力を高めるとともに、教えられる側の受信能力を上げることが最も大切なんですね。
平尾:そのためには、アンテナの質が良くないといけません。言葉を真に受けるだけでもダメ。たとえば試合に出たいと思ったら、選手はいいことばかり言いますよね。でも、内心はどう思っているのか、いろんな角度から見ないとわからない。
福田:良い選手ほど良い情報をたくさん持っていますね。情報収集の能力が高いからとっさの判断を間違わない。選手と対話するときはフェイス・トゥ・フェイスですか? メールなども使うんですか?
平尾:連絡はメールでいいかもしれないけど、「明日、死ぬ気で試合に臨め」とメールで打っても、誰も死ぬ気になりません(笑)。顔見て、「どうや」と言うのが、いちばんです。
福田:選手に気持ちを伝えるとき、こう言うと効果的だったというようなエピソードはありますか。
平尾:現象だけじゃなく、その奥にあるものを読み取って伝えることでしょうね。たとえば、落球ミスについて、キャッチ ングの手や足の角度など技術的問題の場合は、本人が気づいていない問題点を指摘すれば、「ああ、そういえば前も同じようなミスしたな」と気づいてくれま す。でも、メンタルな問題が招くミスもある。「勝負強さ」があるかどうかです。試合のビデオを分析しても技術的問題は見つからないけれど、決定的な場面で 何度も落としている。そんなとき冗談めかして「寺で厄払いしてこい」と言ってあげたら、ふっきれて自信を取り戻したケースもある。選手を多面的に見ていな いとわからないですね。
福田:ラグビーにおいても目に見えないコミュニケーションが大事ということですね。
平尾:結局は人間対人間ですから。技術だけでなく感情まで踏み込んだコミュニケーションが必要だと思います。
福田:UCDAでは、毎年、保険会社が契約者に送る「契約内容のお知らせ」のわかりやすさを評価するUCDAアワードを開催しています。生命・財産に関わる重要なお知らせが、受け手にとって見やすいか、わかりやすいか、ユーザー視点で評価・表彰をする活動をしています。
平尾:ユーザーにわかりやすいということをテーマに、受け手の立場でものを開発していくことは必要ですよね。受け手がちゃんと理解してくれるとコミュニ ケーションの効率が良くなる。以前、競技場に来てくれた観客のマナーを向上させるために、あの手この手でいくら「ゴミを拾って帰ってください」と言っても 伝わらない。観客は自分のこととは思わないんですね。そこで観客の立場で考えてみました。「ゴミを拾うのはかっこいいことだ」とマナーを守りたくなるよう な工夫をしたんです。とても効果があって競技場がものすごくきれいになりました。

福田:さすが、選手を奮起させるプロだけのことはあります(笑)。相手の立場を考えたり、相手なりのコミュニケーションで人の心を動かすこともできるということですね。本日は興味深いお話をどうもありがとうございました。

プロフィール/平尾誠二(ひらお・せいじ)

1963年京都府生まれ。75年中学入学と同時にラグビーを始め、伏見工業高校3年時に全国大会優勝。同志社大学入学後、82年には当時史上最年少 (19歳4ヵ月)で日本代表に選出。在学中は史上初の大学選手権3連覇を達成。卒業後、1年間の英国留学を経て、86年に神戸製鋼入社。入社3年目より チームを7年連続日本一に導く。87年からW杯に3大会連続出場。91年大会ではキャプテンとして日本代表初勝利に貢献。現役引退後は、97〜2000年 に日本代表監督を務め、神戸製鋼ラグビー部でゼネラルマネージャー兼総監督としてチームを運営・指導するなど指導者の道へ。00年NPO「スポーツ・コ ミュニティ・アンド・インテリジェンス機構(略称SCIX)」設立・理事長就任、11年文部科学省中央教育審議会委員就任など、フィールドの外でも活躍し ている。

  • Hatena
  • Google+
ページトップ