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第13回:自己責任の前にわかりやすい説明を!

プロフィール
大井 幸子(おおい さちこ)

1981年 慶應義塾大学 法学部政治学科卒業。
1987年 慶應義塾大学 経済学研究科博士課程満期退学。
1985年 フルブライト奨学生として、スミス・カレッジ、1986年-88年 ジョンズ・ホプキンズ大学院 高等国際関係研究所に留学。
1989年 ムーディーズ入社。2000年 SAIL LLC設立。(NY)
2009年 株式会社SAILとして業務再開(日本)、2019年よりUCDA理事に就任。

アメリカで投資運用に関する情報サービスの会社を立ち上げる

― 金融業界で長い経験を持つ大井さんを理事にお迎えしました。まず大井さんの簡単な経歴とアメリカでの活動についてお話しください。

大学院卒業後、1985年に渡米しました。日本のバブル全盛期が始まる頃です。
アメリカの大学院で学んだ後、88年に日本に戻って生命保険会社の国際投資部に就職しました。そこではアメリカの中堅投資銀行買収案件に関わりました。
89年にニューヨークの格付け機関ムーディーズに転職、アナリストになりました。
当時は証券化商品が出てきた頃ですね。

91年からリーマンブラザーズ、その後キダーピーボディに転職しました。ところが95年ごろ、キダーがスキャンダルで吸収合併され、私は失業。
ちょうど「ウィンドウズ95」が世界で発売され、IT革命の幕開けの時代でした。それはウォール街にも大きな影響を与え、ネットで個人でもトレーディングができるインフラが整い、キダーの元同僚の多くはヘッジファンドを始めていました。私は彼らの依頼で、日本の機関投資家向けにヘッジファンドの営業をすることになりました。

ところが97年アジア金融危機、98年ロシアショックが続き、大手ヘッジファンドLTCMが破綻に追い込まれるなど、ヘッジファンド業界は打撃を受けます。
それから2000年にニューヨークでSAILという会社を作り、オルタナティブ投資運用に関する情報サービスを始めました。

― あのころ、日本とアメリカの金融商品には大きな差があったように思いますが。

アメリカは89年に、すでに証券化商品の格付けの体系ができていました。そのころ深刻な不況でしたが、投資銀行が不良債権を購入し、それを証券化して流動化することで景気が立ち直っていきました。
そして95年ごろからITバブルで景気がよくなってきました。ところが、日本は逆にバブル破綻の処理が進まず、山一証券が破綻するなど、景気も落ちこんでいった。政策が遅かったのですね。

98年ごろ、日本がバブル崩壊の影響でどんどん悪くなっていくときに、アメリカはITバブルの頂点に昇っていく感じでした。当時はまだヘッジファンドのデータベースもないし、日本では情報もなかったので、いち早くネットで情報配信を始めたSAILは、IT革命の恩恵を受けました。

2007年に、UBPというスイスのプライベートバンクが日本の機関投資家向けのビジネスを始めるために、人を探していました。私はスイスに行き、日本の投資家向けのファンド・オブ・ヘッジファンズのビジネスを任せてもらうことになりました。ところが、2007年サブプライムショック、2008年リーマンショックと金融危機が続き、今までやってきた業務が全部ひっくり返ってしまいました。

買い手主体の情報サービスが充実しているアメリカ

― 日本には、株やオルタナティブに投資することを相談する専門家がいなかったですね。

アセットマネジメント部門を設立しても、日本の金融機関の組織ではみんな本社志向で仕事をするから、結局運用の専門家が育たなかった。日本はやはり遅れてしまいましたね。

― 当時のアメリカとの差というのは、今でも尾を引いているのですか。

運用のプロが育つためには10年はかかるし、現場で相当経験を積まなくてはなりません。ところが、日本ではバブル崩壊の後、みんな縮こまってしまって冒険をしない。
一方、アメリカの資本市場は非常に深くて、金融資本家というリスクマネーを動かすプロがいます。彼らは大きな資金を長いスパンで投資する人たちです。

その一つ、アメリカにあって日本にないものは、大きな財団とかファミリーオフィスです。
そのような属性の人たちが実はウォール街の「奥の院」にいるわけです。
例えば、ロックフェラー財団は資金が何兆円もありますよね。最近だとビル・ゲイツ夫妻が設立したゲイツ財団は慈善事業のための財団ですけど、寄付をするばかりではなく、基金を増やすために様々な投資運用をしています。穀物商社のカーギルにもファンドがあります。彼らは優秀な運用者を選んで、いろいろな投資をしています。日本のバブル崩壊後に不良債権へ最初に投資したのはカーギルのファンドです。

あとは、アメリカの大学基金ですね。アメリカの大学基金はすごいですよ。ハーバード大学基金の残高は4兆円以上あります。それをプロが運用して長期で増やしています。年率平均8%近いリターンで増えていますので、10年で2倍以上になります。

若い人たちの資産形成と保全に対する意識を高めることが必要だ

― アメリカはお金の動きも、人の動きもダイナミックですよね。

「リボルビングドア」と言って、ウォール街で成功した人が、その後は政府の高官になったり、大学で教えるといったというようなサイクルがあります。クリントン政権の時のルービン財務長官がその一例です。

― 日本にはそのようなすごい富裕層とか、基金を持っているような人がいないのですか。

富裕層の統計を見てみると、アメリカが1番、中国が2番、3番目が日本です。だから、いないわけではない。日本には戦後、国民が一生懸命に働いて積み上げてきたものがあります。
それが預貯金としてあるのです。

― 老後2,000万円無いとやっていけないと騒がれていますけど、若い人は投資して、少しずつ増やしていかないとダメだという話ですよね。金融庁も高齢者ではなく、若い人に向けて言っていますね。

私も、今働いている20代〜30代には金融リテラシーを高めて頑張りましょうと言いたいです。自分たちが60代〜70代になった時に困らないためにです。

銀行に行けば預貯金がありますが、今はゼロ金利なので、複利効果で増えていく環境ではありません。
だからある程度のリスクをとって運用する必要があります。そのまま預貯金にして寝かせておいても増えていかないのです。

― 最近、若い人たちを中心に、iDeCoや積み立てNISAの関心が高まっています。

自己防衛する意識を高めることは大事ですね。

買い手の立場に立った金融商品のUCD化が必須だ

― 金融商品におけるUCD化についてお話しください。

UCDAのわかりやすさは、やはり投資家の目線に立つことですね。
買い手(バイサイド)こそエンドユーザーです。エンドユーザーの利益がいちばん重要です。
しかし、金融サービス業では、投資商品を作って売る側(セルサイド)の目線が強調されがちです。金融はゼロサムゲームの取引です。売り手は高く売ろうとし、買い手は安く買おうとします。売り手が儲かれば、その分買い手は損します。

これまでの金融サービスは商品の売り手が中心でした。売り手である金融機関、大手証券会社や銀行、保険会社は組織で圧倒的な情報を持っていて、とても個人のレベルでは対抗できません。
だから、買い手である個人は、自分がこの商品を購入して自分のためになるのか、本当に購入して大丈夫なのか、そうした情報が欲しい。しかし、売り手は会社の利益のためにとにかく売ることに集中します。そして、販売したあとは、「投資家の自己責任ですよ」というのです。これでは情報弱者のユーザーからすれば不公平ですよね。

金融商品は、買い手の立場に立ってわかりやすくすることが非常に重要です。バイサイドの目線で、説明しないといけない。あとは、その商品を選ぶかどうかは、投資家一人一人の生活レベルや、求めるものに応じて、自分で考えるしかない。また、家族のためにも、ライフプランに沿った投資や運用は、家族ぐるみで話し合って決めるべきですね。

― 日本ではバイサイドの人材や機関が不足しているとお考えですか。

私は今、年金シニアプラン研究機構という年金に関わる研究機関に関わっていて、国民レベルで金融リテラシーを高める投資教育が必要だと訴えています。
年金は確定拠出型に変わってきているので、やはり若いうちからライフプランとマネープランを考えることが必要です。自分の人生設計をしっかり考え、自立するためにはお金にまつわる知識が必要です。

企業に勤めていると、厚生年金が毎月の給与から天引きされます。
その拠出額(掛け金の金額)は定年まで積立てられ、2パーセントで運用するという前提のもとに計算されています。これまでは年金基金側が運用して退職後に年金を支給する確定給付型でした。しかし、これが確定拠出型に変更され、これからは、運用するのはあなたですよと、企業は従業員に丸投げしがちです。

そうすると、金融リテラシーを持ち合わせていない人は、安全だと思われる元本確保型の商品を購入したり、定期預金に入れてしまう。しかし今は金利がほとんどゼロなので、会社を辞めるときになって、全然増えていないじゃないか!ということになるわけです。
最悪の場合、退職金や年金が予想よりも少なすぎると言って、企業が訴えられる可能性もあります。ですから、なるべく、従業員に金融リテラシーを高める教育を与え、自助努力の仕方をわかりやすく説明してあげなければいけない。

先だって話題になった金融審議会による「老後資金が年金だけでは2,000万円不足する」というレポートについても、審議員のほとんどが金融機関、つまりセルサイドの人たちですね。本当は、年金加入者、投資家の利益になるように、金融サービス業のあり方を変えていく必要があると思います。

― 自分の人生ですから、計画を立ててどれくらいの資産が必要かを調べることは大事ですね。

ねんきんネットにログインすれば、65歳になった時の支給額(推定)をチェックすることができます。まずは、自分でいくら年金がもらえそうか、そして老後にどのくらいの生活費が必要かを計算して、目標を立てればいいのです。若いうちから積み立てをすれば間に合いますから。

UCDAには国民サイドでのわかりやすさ化を期待する

― UCDAの理事に就任されましたが、UCDAに対しての意見や希望をお願いします。

今の年金問題とか、金融サービスの分野で、徹底的な「わかりやすさ化」を国民サイドで進めていただきたいと思います。
国民年金基金とかGPIFのようなところからまずUCD化をするべきではないかと思っています。
生活者の立場に立って、また、中立的、客観的な立場から、明快でわかりやすく伝え、理解してもらうことが重要です。

― 本日はどうもありがとうございました。

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