プロフィール
辻廣 雅文(つじひろ まさふみ)

1981年 株式会社ダイヤモンド社 入社、2001年 同社「週刊ダイヤモンド」編集長。
2005年 同社取締役を経て、2015年 帝京大学 経済学部教授に就任。
2018年より西武ホールデイングス社外取締役。UCDAアワード2019の実行委員を務める。

金融危機の真っただ中に金融担当の記者をしていた

― 初めに、プロフィールをお聞かせください。

1981年にダイヤモンド社に入社し、「週刊ダイヤモンド」編集部に配属されました。さまざまな業界の企業を取材し、91年に副編集長になって銀行・証券を担当しました。その頃にバブルが崩壊し、金融危機が始まるわけです。以後、10年間、金融危機の現場を取材し続けました。2001年から3年間、編集長を務め、その後10年ほどダイヤモンド社の取締役をした後、大学で教えることになりました。日本の転機をもたらした金融危機をもう一度調べ直したいと思ったからです。

― 金融危機の真っただ中にジャーナリストでいらっしゃったのですね。

当時は、深層で何が起こっているのかわからないまま、大手金融機関が破綻して経済が悪化していく事ごとをひたすら追いかけていました。しかし、現場を離れて、一体危機だという認識がどのように形成され、克服されるものなのか、その過程に興味が湧きました。危機は危機だと皆が認識しなければ解決に着手すらされません。
次に、一定の認識ができたとしても、解決のための制度がなければ解決できないので、新しい制度を作らなければなりません。当時は、銀行が潰れる想定はされていなかったので、破綻処理制度を新しく作らなければなりませんでした。しかし、法律を作っても制度は慣習として定着しなければうまく使うことはできない。その間にどんどん危機は深まる。危機の認識と制度がどう形成されるか、整理したかった。
調べ直して改めて理解したのが、「情報の非対称性」問題です。例えば、銀行の取り付けは、銀行経営者と預金者の間に情報の非対称性があって、それを解消するための預金者の行動です。

― どういうことですか。

銀行が潰れるか潰れないかという時です。預金している銀行に経営不安のうわさが立っても、預金者は真実を知ることができません。当事者と預金者には情報の非対称性がある。預金者が預金を守るには、預金を下ろすことが合理的な行動になります。そういう預金者が殺到すると銀行が潰れ、結果として借り手もみんな潰れてしまいます。

「情報の非対称性」が金融危機を深めた

― 「情報の非対称性」は、1970年代に米国で生まれた「情報の経済学」における重要な概念ですね。

92年頃から金融不安が広がり始めますが、多くの人々が明確に金融危機に気づくのは大手金融機関が連続倒産した97年頃です。実は、それ以前は、経済学者の間でも見解が分かれていました。マクロ経済学の大家の大方は「一過性の不況だ」と言っていた。一方、若手の金融学者の中には、金融危機を察知していた人々がいて、彼らは情報の経済学を勉強していた。情報の経済学に則った新しい金融論から日本の金融システムを考えると、これはまずいのではないか、と考え始めていました。

― マクロ経済学の大家が認識できなかった金融危機を、情報の経済学を学んだ若い学者が気づいていたのですね。

銀行は金融仲介業なので、貸し手から借り手にお金を融通します。一般の人が直接融資をするには、個別の企業を調査して情報を得る活動に膨大なコストがかかります。一方、銀行は何百社、何万社を対象にするので、規模の経済効果が働くわけです。つまり、銀行は情報の生産機能を持っている。このような銀行の見方は、当時新しいものでした。

― 情報生産のコストが金融危機でも問題になるのですか。

銀行が破綻するのは、返済能力の低い企業に貸したお金が不良債権化するからですが、中には健全な借り手もいます。その健全な借り手を他の銀行が引き受ける仕組みを作ろうとしますが、受け皿となる金融機関は消極的なのですね。本当に健全な会社かわからないから調査分析する情報生産活動が必要になる。それにはコストがかかる。それなら引き受けないとなって、健全な企業も倒産します。こういうことが、全国で起きた。

情報の優劣をどう克服するか

― 情報の非対称性とは、情報の優劣と考えていいですか。

そうです。情報の格差です。有名な事例に、「レモンの市場」というものがあります。レモンとはアメリカの俗語で、ジャンク車です。情報の優位者は、劣位者の無知につけ込もうとする。一方、劣位者は騙されるのではないかと疑念を持つ。その両者が売り手と買い手になったらどうなるかという話です。
例えば、ここに100万円から20万円の中古車が並んでいるとします。20万円の車はジャンク、100万円は掘り出し物です。そうすると、どれがいい車なのか情報を持たない買い手にとっての価値は平均の60万円となって、60万円以上出そうとしない。すると売り手は、60万円以上の車を売らなくなる。この繰り返しで、市場はどんどん劣化、縮小するわけです。

― 金融商品や保険商品にも、販売する側と購入する側には情報の非対称があります。それを解決するために「説明責任」が課されています。

「説明責任」を果たすには、誠意と知識が必要です。例えば、行動経済学におけるプロスペクト理論では、人間は非合理な行動をとることが明らかにされている。まず、お金がもらえるとして、100万円を受け取れるか、コインを投げて表が出たら200万円、裏が出たら何ももらえないという選択肢が与えられたら、どちらを選ぶか。次に、100万円借金している場合。100万円を返済するか、コインを投げて表が出たら返済しなくて良い、裏が出たら返済額が200万円になる。どちらを選ぶのか。ほとんどの人は、もらうときは100万円、返すときはコインを投げる、を選びます。
矛盾しているけれど、人は利益を得る時は確実な方を選ぶが、損失は全面的に回避したいという傾向があるのです。この認知の歪みを悪用することもできるし、誠実な資料を作る知識にすることもできる。顧客に誠実に後者の立場に立つことが大切だと思います。

― 確かにパンフレットでも、高い金利がつくというようなユーザーが喜ぶ情報は大きな面積を占める。しかしリスク情報は小さな面積で済まそうとします。

それを放置できないから、政府が法律やガイドラインを作ったり、第三者機関が監視をしたりするわけです。UCDAのような活動は顧客を守るだけでなく、健全な市場の育成に不可欠のものです。

情報の重要度を位置付けすることが大切

― 携帯電話などの取り扱い説明書には膨大な情報が詰まっていますね。

あれは、提供価値がない情報です。それは、アップルの製品に取扱説明書がないことが証明しています。メーカーとユーザーの間に情報の非対称性はありません。それなのに他の通信会社が説明書をつけているのは、慣行あるいはアリバイ作りです。ですが、この無駄にはコストがかかっている。なくして、料金を下げたほうがいい。製品のフォローアップ、アフターケアの仕組みを作れば問題は生じないはずです。

「情報の非対称性」解消に向けたUCDAの対応を期待する

― 最後に、UCDAに期待することや要望などお願いします。

情報の非対称性の解決には、適切な情報開示が必要です。情報の送り手と受け手のコミュニケーションという観点にたって、先端的理論も取り入れることが必要だと思います。その意味で、情報伝達をわかりやすくデザインするためのUCDAの役割は非常に大きいのではないかと期待しています。

― 本日はどうもありがとうございました。