プロフィール
吉武 良治(よしたけ りょうじ)

1986年 日本IBM株式会社 入社。同社 大和研究所 技術推進 人間工学部門、ユーザーエクスペリエンス・デザインセンターを経て2013年 芝浦工業大学 デザイン工学部デザイン工学科プロダクトデザイン領域教授に就任。2015年より学長補佐。現在は一般社団法人日本人間工学会 理事長、NPO法人人間中心設計推進機構 副理事長も務める。UCDAアワード2020 実行委員。

人間工学の分野でわかりやすさ、使いやすさを追究

― 今回は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ビデオ通話でUCDAアワード2020の実行委員を務めていただく芝浦工業大学の吉武教授にお話をうかがいます。これまでの研究についてお聞かせください。

1986年に日本IBMに入社し、2013年まで在職しました。入社後すぐに神奈川県大和市にある大和研究所の人間工学部門に配属され、コンピューターのディスプレイやキーボード、金融機関の機器等IBM製品の開発に携わっていました。ちょうどコンピューターのダウンサイジングが進んだ時期で、パソコン等の入出力装置(キーボードや画面など)の小型化が進む中、それらの使いやすさ向上に関する仕事が主でした。例えば、ブラウン管から液晶ディスプレイへ移行している時期で、見やすく、きれいで、疲れにくいカラー液晶ディスプレイの要素開発に関する研究も行っていました。その後、ハードウェアからソフトウェアやシステム等の使いやすさに関する仕事に移行し、ユーザー中心設計(人間中心設計)に基づいて、一貫して利用者の使いやすさや満足度の向上を推進してきました。

― ずっと人間を中心に考えて、様々な業務を経験されていますね。

はい、ありがたいことに人間中心で考える点はすべて一貫していました。その後、IBMのビジネスがソリューションやサービスに焦点が移っていき、お客様企業の製品づくりや組織づくりを支援するサービスやコンサルティングの仕事の割合が増えていきました。コンピューターだけではなく、様々なICT機器やサービスを使いやすくするための支援を行いました。2013年に芝浦工業大学の教員になり、現在に至っています。

― 支援とは具体的にどのようなことですか。

支援の内容には、大きく分けて3つのレベルがあります。1つ目は、ハードやソフトの製品そのものを使いやすくすること。2つ目は、製品だけでなくサービスのレベルでお客様によい体験を提供するための仕組みを考えること。そして3つ目は、使いやすいものづくりやユーザー中心設計を推進するための組織づくり、人材育成やメンバーのスキル向上などを支援することです。

人に根ざした、人に役立つ、持続可能な活動が重要

― 大学での研究はどのようなことですか。

私の研究室は、ユーザーエクスペリエンスデザイン(UXD)研究室という名称で、領域や分野は特定せず、UXDや人間工学をベースとして多様なテーマに取り組んでいます。ユーザー中心設計や人間中心設計に基づいた魅力的なものやサービスの提案から、それらを実現するためのツールの検討。あとは、ヒューマン・マシン・インタラクションに関する研究も行っています。私はこれまで人間工学をベースにしてきましたので、どのような研究も人の行動や特性、文化などに根ざした活動をしています。

ICT技術は日々進歩しています。使用する機器やツール、インフラなどの環境はどんどん変化していきますが、人の根本的な行動や特性、文化などは、大きくは変わりません。ですので、人の理解に根差して使いやすいもの、優しいものを検討していくことが重要です。研究室の学生にはそれぞれが研究したいことを考えてもらい、それを支援していく形で私の研究を進めています。内容はいろいろですが、人に根ざした、人に役立つ、わかりやすい、まさにUCDAさんのような活動をやっています。最近特に考えているのは、長い時間軸で見たとき、地球環境とか、持続可能性とかを意識した活動が重要だということですね。

今の生活の中で使われているものは評価できることが重要

― 先生と初めてお会いしたのは2013年頃でした。UCDAは設立当初から帳票や印刷物の「わかりやすさ」の基準として、ユーザビリティの効果、効率、満足度という指標を用いています。印刷物でこのような基準によって評価をすることに関して、当時先生はどのような印象を抱かれましたか。

非常に大事だと思いました。今、銀行や保険業界ではタブレット等の導入が進んでいますが、まだ紙でのコミュニケーションも多く、生活で使用されているものはすべて評価して客観的に示すことができることで改善が進みます。特に高齢者とか、あまりICT機器に慣れていない方々が使われるものの評価は重要です。昨今、UXという言葉が注目され、以前ほどユーザビリティという言葉を耳にする機会が少なくなっていますが、ユーザビリティはUXの大事な要素のひとつです。ユーザビリティをしっかりと評価されているUCDAさんのような地に足のついた活動はとても重要だと思います。

コロナ禍は本質的に必要なことを考えるチャンス

― 今、新型コロナウイルスで逼迫した状況ですね。大学の業務にも大きな影響があると思います。

大学では現在学長補佐という役割も担っておりまして、大学としての対応や運営にも関わっています。4月のはじめに、前期の授業は全面的にオンラインで行うことを決め、授業開始は5月からになりましたので、現在教職員、学生等がしっかりと準備をしているところです。オンライン授業でどうすれば効果的な教育ができるか、というオンラインでの研究会が、教職員数百名が参加し、週に2回程度開催されています。大学では、学生たちの受講環境整備(ネット環境やパソコンの整備)についても議論、支援しており、1人も取り残されることがないようにするという方針で進めています。

― 先生は人間工学や人間中心設計の専門家でもいらっしゃいます。大学以外での活動ではいかがですか。

私は現在、日本人間工学会の理事長という立場にあります。人間工学が対象とする領域は非常に広範囲に及びます。今回の外出自粛に関しても、家庭内のコミュニケーションの問題とか、在宅勤務による精神/身体上の影響など、いろいろな問題が起きていますが、学会を挙げてそれらへの対応を考えています。一例をあげますと、「在宅ワーク/在宅学習を行う際の7つの人間工学ヒント」というガイドを作成、発行しました。国際人間工学連合という国際機関から英語版を発行し、日本語版もあります。今、困っている人たちがおられるので、素早く対応していくことが大事だと思います。

― パンデミックで、かなり大きな社会的変化が起きることが予想されますね。

収束後も、社会は大きく変わっていくと予想します。生活も研究も、常識が変化しますのでそれらを予測したうえで行っていくことになります。私が担当している3年生の演習授業では、「Post COVID-19社会へのUXデザイン提案」というテーマに取り組んでもらっています。①観光/レジャー/スポーツ産業、②働き方/教育産業、③飲食関連産業、という3つのグループにわかれて調査から取り組んでいます。

― 今、苦しんでいる業界ですね。特に観光や飲食業はコロナ禍の影響が大きいので、どのように提案すれば問題解決に導けるのか、気になります。

テーマのポイントは3つあります。1つは、今起こっていることの問題点をきちんと把握して、その問題を解決していくことです。これまで人間工学や人間中心設計ではこれが中心でした。そして、COVID-19によって社会にどのような変化が生じているか定性的、定量的データをしっかり集めようというのが2つ目。3つ目は現在直面している問題の解決も大事だが、本質的に必要なことを考えていくことで、これがいちばん重要です。例を挙げると、現在大学で授業ができないため代替としてオンラインで講義するというだけでなく、本来授業の目的は何か、に立ち戻って考えるということです。

― 逆転の発想ですね。

例えば、家族で一緒にいる時間が少ないので家族旅行を計画していたが、コロナで行けなくなった人も少なくないと思います。しかし、今、家族は結構一緒に家にいて、会話する時間も長く、それである程度は解決したかもしれません。ただ、解決できなかったこともあり、また一緒にいることで新たな問題も起きてきます。それぞれの家族旅行の意味や意義などを理解したうえで、本質的にやるべきことを考えるということです。確かに大変な状況ではありますが、これをチャンスにして、社会をよりよくしていくことを考えていく必要があると考えています。

わかりやすさ、使いやすさを広げる活動はすばらしい

― 私たちも、「情報品質」の向上が社会課題を解決して、豊かな社会を作っていくと信じて活動しています。最後になりますが、UCDAについてご意見などお願いします。

初めてUCDAさんのお話をうかがったとき、まさに私がやっていたこと、わかりやすさとか使いやすさを追求する活動を、広く社会に役立つような形で進められているなと感じました。私自身はIBMにいて、いろいろなお客様と一緒に、システムとかサービスをよくするための支援をしていました。でも、多くの人たちにというのは、なかなか難しいですね。

大学も同じです。学生たち一人ひとりの学びや成長を支援することで、人間中心や優しいものづくり、持続可能社会の考え方等を広げていくという点では大きな意味がありますし、やりがいもありますが、限られた範囲で一歩一歩ということです。UCDAさんの活動はより広く、より多くの人にとってよりよい社会にするための活動であり、大きな意義がある活動と感じています。

― 今後も評価・認証に関する面で色々とアドバイスしていただけると幸いです。よろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

(2020年4月27日 収録)