インタビュー
(インタビュー当時・写真左から)
株式会社イワタ 代表取締役社長 水野 昭 氏
東京電機大学 理工学部 准教授 矢口 博之 氏
三菱食品株式会社 菓子事業本部 商品開発オフィス 山田 正美 氏
三菱食品株式会社 品質管理グループ Bユニット ユニットリーダー 遠藤 祥子 氏

- 本日はUCDA認証フォント「みんなの文字」の開発に携わった株式会社イワタの水野社長・東京電機大学エルゴノミクスデザイン研究室の矢口准教授と、食品パッケージで初めて「みんなの文字」を採用した三菱食品株式会社の遠藤様・山田様にご参加いただきました。

「みんなの文字」は帳票に最適なUDフォント

水野:「みんなの文字」の特長はひとことで言うと、その名の通り、みんなに「見やすく・読みやすい文字」です。帳票すなわち文章に適したUDフォントであり、特に数字が見やすいことが特長です。イワタのUDフォントをベースにして作ったものなので、みんなの文字についてお話しする前に、イワタのUDフォントについて少しお話しする必要があります。

イワタUDフォントが出発点

水野:イワタのUDフォントは、2004年にパナソニックさんと共同で研究を開始し、2006年に発売しました。きっかけはTVリモコンの文字が見にくいというクレームです。そこで単語、横組みが見やすい文字をめざして開発をはじめました。デザインの特徴は、字面を大きくしたので一般的なゴシックと同じ文字サイズでも大きく見えること。他に、濁点の隙間があいていること、「S」や「3」などのアキが大きいことです。これによって、お年寄りがよく見間違える典型的な文字が改善できました。
イワタUDフォントは家電だけではなく、公共機関をはじめ幅広く使われてきましたが、普及とともに問題も出てきます。当初の想定は単語でしたが、だんだん文章や縦組みでも使われるようになってきた。そのため、場合によっては今までより見にくくなることが出てきました。作ったUDフォントはあまり文章向きではなかったのです。書体だけ変更すれば見やすく・読みやすくなるという考え方も問題です。ある調査によると、見やすくするためのいちばん大事な要素は文字サイズ、次が行間、その次が字間で、書体は4番目です。書体よりも、きちんと組むことが大事です。以上を背景に、みんなの文字の話に移りたいと思います。

文字を組んだ時に見やすいUDフォントを求めて

水野:開発のきっかけは2008年ごろ、UCDAさんから文章に適したUDフォントができないかという打診があったことです。密集した文字列の中でも読みやすく、文字が小さくても見やすい、帳票に特化した書体というリクエストでした。そこで、さまざまな専門家の方に相談しました。IPOメソッドを開発された東京電機大学の矢口先生、書体をデザインされた竹下直幸さん、それから電通さんとUCDAさんとイワタの3者の協力体制、こういう奇跡の出会いがあって、「みんなの文字」ができたわけです。

IPOテストで客観的な「見やすさ・読みやすさ」を求めた

水野:「みんなの文字」は、文章を読みやすくするため、安定感が出るように文字面を大きくしすぎず、漢字と仮名のバランスをチューニングしています。文字だけだとあまり感じませんが、文章にすると差が出てきます。漢字そのものも字面が少し小さいし、仮名はさらに小ぶりです。数字は、判別しやすくするためにOCR-Bという機械読み取り用の書体を参考にし、矢口先生のIPOテストの結果を反映してチューニングしています。

「みんなの文字」は、今までの文字作成のルーティンにない作り方です。数字は、日本語とのマッチングも考慮しながら少し太めにデザインしました。特に「4」は苦心しました。IPOテストで、「4」の斜めのところと縦線が近づきすぎると文字が潰れる原因になりますし、離しすぎるとデザイナーとして許容できる「4」の形ではない。このように、デザインとテスト結果のせめぎ合いがあって、最終的に現行デザインに落ち着きました。

矢口:新しくUDフォントを作るとき、読みやすい文字とはどんな文字なんだろうと考えました。その結論が、読みにくい状態でも読めるということでした。そのような観点で開発したのがIPOテストです。IPOテストとユーザーの主観評価を比べてみたところ、かなり強い相関性があることがわかりました。食品に関して言えば、重要な情報を小さい面積に詰めないといけない、栄養成分表示とか。「みんなの文字」は、そんな需要にマッチしていると思います。

食品パッケージの表示スペースは圧倒的に足りない

遠藤:食品パッケージには表示したいこと、しなければいけないことに対して、スペースが足りない問題があります。まず生活者の手に取ってもらうためには魅力的なデザインでなければいけない。購買意欲をそそるキャッチコピーも載せたい。そのうえ、義務づけられている表示もありますし、注意喚起も入れなくてはいけない。法律上表示しなければいけないことはどんどん増えていて、限界がもうすでに来ています。
しかも、載せなくてはいけないことがどんどん変わります。食品事故があれば、行政も改善のために表示を義務化します。それに事業者は対応しなければいけない。
生活者の生活スタイルが変わるにつれて食品への注意喚起が増えるのも致し方ないと思いつつ、パッケージの大きさを変えることはできない。この難しさは弊社だけでなく、皆さん苦心されているところだと思います。

パッケージのデザインはオモテ面から決まる

水野:お菓子のパッケージは、どういう順番でデザインするのですか。デザイナーさんが主導で、商品のオモテ面からデザインするのでしょうか。

遠藤:そうですね。やはりキャッチ―なものが必要なので。あとはそのデザインが法律に即しているかを調整します。まず商品設計のコンセプトを伝え、我々のイメージとデザイナーさんのイメージが合っているか議論してから、最後に表示部分をチェックしていきます。

矢口:商品の企画からパッケージのデザイン完成まで、どれくらいの期間がかかりますか?

遠藤:商品にもよりますが、長いものは半年くらいかかりますね。原材料が多い場合は表示内容の確認に時間がかかるうえに、パッケージが小さい場合はどのように文字を入れ込むかの調整も必要になります。

文字の見やすさ・読みやすさの大切さに気づいた

矢口:「みんなの文字」はどういう経緯で使用することになったのですか。

山田:そもそもは、2019年7月に、「みんなのピクト」が発売された記事を私と上司が見て、話を聞いてみようということになりました。弊社のオリジナル商品にはいくつかブランドがありますが、「生活志向」ではパッケージのオモテ面にアレルギー表示をしています。それを「みんなのピクト」でもっとわかりやすくできないかなと思いました。そこで、UCDAさんと電通さんにお話をうかがい、検討しましたが、スペース的に無理だった。でも、そのときに文字の見やすさの大切さに気づかされ、「みんなの文字」には科学的根拠もあり、第三者認証も受けているので、使わせていただくことにしたわけです。
私は改版の時期に、パッケージをたくさんチェックしたので、「みんなの文字」とそれ以外の文字の見分けがつけられるようになりました。

SNSでは「みんなの文字」の良さがささやかれ始めた

矢口:「みんなの文字」に変えて、反響はありましたか。文字に対するクレームや問い合わせが減ったとか増えたとか。

山田:弊社のオリジナル商品について、「フォントを変えて読みやすくしたようですね」というコメントがSNSにありました。一部のお客様には認識していただけているようです。

水野:フォントメーカーの経験から言うと、文字というのは見やすくなっても反応がないのです。見にくくなるとクレームの嵐ですけど。だから、反応がないのはよい反応です。

パッケージの表示面積に余裕をもたせたい

矢口:今、パッケージのデザインを変えたら反応時間がどう変わるかという実験をしようと思っています。
実験用の改変パッケージとして、フォントを変えたり、ピクトグラムを使用したり、レイアウトを変えたりしたものを数種類用意しました。それで、例えば賞味期限を探してくださいとか、アレルギーのある人が食べてもいいかどうか判断してくださいとか、実験用のパッケージから情報を読み取ってもらい、その反応時間や誤答率を比較していく予定です。
また、パッケージ上のQRコードをスマホで読み取ると多言語表示やアレルギー表示をその場で見ることができて、その人が食べてもいい商品かどうかが簡単に判断できる、そんなことができたらいいなと考えています。

遠藤:QRコードを使った表示、ぜひやってもらいたいです。今、消費者庁でも表示のWEB化を検討しているようですが、さっき申し上げた通り限られたスペースの中での表示はもう限界です。デジタル化が進めば、こういうやり方は普通になりますよね。

変化を感じないかもしれないが格段に見やすさは向上

山田:「みんなの文字」使用前後のパッケージを見比べれば違いはわかりますが、正直、ひとつだけ見てもお客様は変化を感じないと思います。でも文字間や余白に余裕ができて、見やすさは格段に上がったと思っています。

遠藤:基本的に文字の大きさは変えていません。もともと「生活志向」はどちらかというとシニアが購買層なので、文字そのものを大きくしようというコンセプトもありました。ところが、いろいろなマークも合わせて大きくしてしまうと、逆に読みにくくなってしまう。そのあたりのバランスも含めて、可能な限り見やすく工夫しました。

矢口:スッキリとして読みやすいですね。老眼になると、情報に関して疎外されている気がしてしまいますが、「みんなの文字」だと普通の状態では見えにくい文字でもちゃんと見えます。実際ぼやけてはいるのですが文字としては見えるのですね。

食品パッケージの表示部分は劣化する

矢口:食品のパッケージもかなり劣化しますよね。光の反射や冷凍食品の霜とかで。また、搬送時や陳列時にこすれたりもします。だから、一部が隠れていたり劣化したりしても読めるという機能が非常に有効です。情報を全部入れても、読めなかったら意味がない。やはりいちばん大事なところだけを残して、あとはデジタル情報に飛ばすとかの方法で情報量を減していくようなことをしないと駄目だと思います。

いろいろな用途に応えられる「みんなの文字」が続々登場!

水野:「みんなの文字」は、今後もどんどん展開していきます。1つは最新JIS対応です。日本語にもJISがありますが、その最新の規格に対応した「みんなの文字ゴシック0213N」が完成しました。それから、アドビ・ジャパン・ワンシックス(AJ1-6)という印刷業界向けの文字セットの規格Pr6Nも開発しました。2004年のJISで字形が変わったのですが、当時は規格ができても、使うコンピューターの環境が整っていなかった。それがやっと最近整ってきたわけです。字形だけではなく、文字も増えています。第3水準、第4水準の漢字が追加されたし、プロのデザイナー向けのものもできました。また、「みんなの文字 Global」は、アジアや欧米の多くの言語をカバーしています。いろいろな用途に応えられるみんなの文字を続々開発しています。

遠藤:私たち品質管理グループの業務に、工場での管理もあります。工場にもいろいろな掲示物がありまして、今後は文字やデザインを変更して掲示物の見やすさというところにも展開していけたらいいなと思っています。

水野:「文字を変えてみよう」という山田さん、遠藤さんの気づきはすごく大事で、これからも周りをどんどん気づかせていけたらいいですね。

自分たちが築いてきた「見やすさ・わかりやすさ」というポリシーに裏づけが欲しかった

遠藤:弊社では、法令遵守だけではなく「わかりやすさ」をポリシーとして食品表示の作成や確認を行っています。そのポリシーは経験の積み重ねで作り上げてきました。今期から食品表示部会に参加して勉強させていただいていますが、私たちのポリシーに裏付けと箔をつけたいという思いがあります。というのも、開発側とやり取りしているとどうしてもわかってもらえない場合もあり、相手にも理解してもらえる内容にしたい。また、私たちも自身も知識をつけて、もっともっといいものを作り上げたいなと思っています。消費者庁のガイドラインプロジェクトも、今まで表示に関して関心が高くなかった方達も活用できると思うので、完成を楽しみにしています。