「第三者」による客観的な評価

顧客本位とUCD(第2回)

第2回:金融サービス業における「顧客本位の業務運営」とは

金融とは文字通り、「信用」に基づいてお金を融通し合う実務である。お金の貸し手と借り手、金融商品の買い手と売り手がそれぞれの利益を追求し、取引を行う。基本的に、買い手は安く買いたい、売り手は高く売りたい、両者が常に対峙するゼロサムゲームである。

戦後日本では「護送船団方式」の枠組みが市場の規範を仕切ってきた。今でも企業金融ではメインバンク制が支配的だ。また、投資運用においてはセルサイドが圧倒的な情報量と資金量を持っている。そのため、企業が自由な資本市場で有利な条件で調達を行うとか、個人投資家が自分の運用のために適切な商品を自在に選べる環境整備はまだ道半ばである。
特に戦後、情報弱者の個人投資家は鳥島のアホウドリのごとく扱われてきた。アホウドリは人に対する警戒心がなく、動作が鈍い。無抵抗に捕らえられ羽毛を採取するために大殺戮された。が、今は保護されている。個人投資家も、バブル崩壊でトドメを刺されて死滅寸前までいった。

そしてアベノミクス以降、個人の株式投資も少し息を吹き返した。一昔前に比べるとインターネットの普及で個人投資家も多くの情報にアクセスできるようになり、かつてほどは無抵抗ではなく、警戒心も備えてきている。投資家保護も追い風だ。
こうした現実を踏まえて、金融サービス業における「顧客本位の業務運営」とは何か。私は年金シニアプラン総合研究機構の理事として、金融サービスの底上げの必要性を強く感じてきた。サービスが「顧客本位」であるためには、投資家が金融ゼロサムゲームのルールをきちんと習得し、自分でリスク判断できることが必要条件であり、その上で、ディスクロージャーや自己責任の原則が行き渡ることが十分条件である。しかし、現状、十分条件ばかりが先行し、必要条件が未だ満たされていないのだ。

最近では、NISAやiDeCoが普及するにつれ、初心者もマーケットに参入するようになってきた。こうした広範な市場参加者の金融リテラシーを高めるために、具体的に何をなすべきか。まずは「適正なリスクを判断し、その上でリターンを取りに行く」という投資運用のコスパを理解してもらうべきであろう。が、金融取引は、通常のビジネスと比べて抽象度が高いため、サービスの一環として、エンドユーザー(投資家)への教育や「わかりやすい」説明が必要である。
だが、長期の積立投資においては一人当たりの投資額もごくわずかで、セルサイドも労力に見合う収益を上げることが難しい。加えて、日本ではバイサイドに立ったサービスに投資家が身銭を切る習慣が発展してこなかった。

この現実を踏まえると、セルサイドの従来の営業を、投資家からの手数料を最大化しようとする狩猟型から、顧客の資産が増えるにつれて長期に手数料を増やしていける農耕型へと、転換を図る必要がある。
個人投資家に着実に資産を増やしてもらうためには、セルサイドも回転売買を止めるなど、顧客に無益なリスクを押し付けないようにすべきであり、そうすれば顧客の信頼を得ることになる。アホウドリを注意深く育成すれば繁殖し、多くの羽毛を継続的かつ安定的に採取できるのだ。

この点を踏まえ、私は投資家の立場から、金融リテラシー教育コンテンツのUCD化を目指し、誰もがスマホで簡単に学べるツール、SMOP(Secured Money Program)を開発し、昨年9月にUCDA認証を頂いた。SMOPが広範な投資家層を育成し、日本の資本市場の発展を後押ししていくことを期待したい。
このツールは、顧客自身の運用リスクを低減するのみならず、従来の狩猟型からの転換を促すものである。「顧客本位の業務運営」を実践するためには、顧客がツールで勉強し、自身のニーズを考えるようになる。セルサイドがそれに見合うサービスを提供すれば、ウィンウィンの関係が持続的に築かれるだろう。
そうした流れの中で、様々な営業資料も顧客目線でのわかりやすさを追求すべきだし、社員教育や評価制度も変えていく必要がある。そうでなければ「適合性の原則」は貫徹しない。

株式会社SAIL 代表取締役社長/UCDA理事
大井 幸子(国際金融アナリスト)
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