企画コンセプト

ローマ神話では、学問発祥の地、アテナの近くに「ミネルヴァの森」というものがあったとされています。ミネルヴァとは、知恵の女神の名前で、つねにフクロウを従えていたことから、フクロウもまた知恵の象徴です。
この企画では、理事長の在間稔允が、長年活躍されてきた各界の賢人の方々(フクロウたち)に、これからのUCDのあり方についてお聴きします 。

ゲスト:横浜国立大学 大学院環境情報研究院 教授 岡嶋克典(右)

プロフィール 1990年東京工業大学 大学院総合理工学研究科 物理情報工学専攻 博士課程修了。
主な研究分野は視覚・画像情報処理、認知脳科学、五感工学、バーチャルリアリティ、福祉システム工学など。
1990年防衛大学校 応用物理学教室に勤務。カナダ国立研究所 光放射標準測定部門 客員研究員、東京工業大学 大学院理工学研究科 像情報工学研究施設 客員助教授、横浜国立大学 大学院環境情報研究院 准教授、情報通信研究機構(NICT)特別研究員等を経て、2015年横浜国立大学 大学院環境情報研究院 教授に就任。
2008年に視覚科学技術コンソーシアム(VSAT)を設立し、現在、代表を務める。
UCDAアワード2017に実行委員として参加、選考結果報告会Welcome Eventのセミナーでは高齢者の見え方について講演を行った。

 

―岡嶋先生にはUCDAアワード2017 Welcome Eventで「高齢者にはどのように見えるのか」というテーマで講演をしていただきました。今日は先生の研究についてお聞かせください。

岡嶋:大学院生の時は色覚の研究をしていました。「色の見えのモード」という研究です。同じ測色値の光でも、モニターで見た色と印刷した色では違って見えることがあります。自ら光っているか、反射しているかが違うだけなのに色が違って見える。これがモードの問題です。今で言うと「質感」の範疇に入る研究かもしれません。博士課程を修了後、大学に勤務して自由に研究ができるようになったので、色だけではなく視覚と体の動きに関連する研究も始めました。

例えば「ベクション」という現象があるのですが、止まっている電車に乗っている時、隣の電車が動くと自分が乗っている電車が動いているように感じますね。視覚の運動情報が、体の動きとして知覚されるわけです。今の言葉で言うと「クロスモーダル」な現象の1つですが、視覚情報が脳で変換されて体に影響を与えるのです。大きな回転するドラムの中にヒトを入れて、ドラムをぐるぐる回すと、動いていない自分が逆にぐるぐる回っているように感じる、それはなぜだろうという研究です。また、臨場感のある仮想現実空間をいかに作るかというVR(バーチャルリアリティ)の研究もしていました。VRは今でこそポピュラーとなりましたが、当時はものすごく高価なヘッドマウントディスプレイを使っていろいろな実験をしていました。

―視覚による錯覚を利用したいろいろなゲームがありますね。例えば、同じ長さの棒でも矢印の向きによって違う長さに見えるような。

岡嶋:そうですね。それを視覚とヒトの動きとの関係性という観点で調べると、たくさんのことが見えてきます。VRは視覚情報だけではなく、現実に束縛されず自由に体や音の情報も加えることができます。VRを使って実際に体にぶつかる感覚とぶつかるように見える視覚情報を別々に与える実験もしました。例えば、ピストンを使って一定の力で球を手の平にぶつけます。その際、ヘッドマウントディスプレイで、速い球がぶつかる映像と遅い球がぶつかる映像を見せて、どちらが痛く感じるかを調べてみました。球は一定のスピードで手の平にぶつかっているのですが、どのように感じると思いますか?

―速くぶつかる映像を見せたほうが痛く感じるのではないですか?

岡嶋:みんなそう思いますよね。私もそう予想していました。でも結果はまったく逆でした。実験をした全員が、遅くぶつかる映像を見た時の方が痛く感じると言いました。見ている情報が、その人の触覚を変えてしまうのですが、なぜ速い球を見た時より遅い球を見た時の方が痛く感じるのか? 実はそれに似た現象は古典的に知られています。同じ重さの大きい球と小さな球があるとします。視覚的にどちらが重そうに見えるかと言うと、みなさん大きい球と答えるのですが、手に持ってみると小さい球の方が重く感じるのです。

このような重さ感覚における逆転現象は以前から知られていたのですが、視覚情報によって触圧覚にも逆転現象が起きるということは新しい発見でした。これは仮説なのですが、どうもヒトは視覚情報によって予測をしているのではないかと。速い球を見ると痛そうに思う、すると痛みの感度を下げるのではないか。そして遅い球を見るとたいしたことはないと判断して感度をそのままにするか、違いがわかりやすくなるように上げているのではないかと。そして、触覚の次は味覚だ、ということで、視覚と味覚の関係性の研究も始めました。

―視覚と味覚の関係は、日常生活でもありますね。おいしそうに見えるものは、食べてもおいしく感じる、と言うようなことですね。

岡嶋:味覚の実験についても、VR技術、正確にはAR(拡張現実感)技術を使って食品の見た目をコンピュータで自由に変えられるシステムを開発しました。実験に参加した人にマグロの赤身を食べてもらい、その時ヘッドマウントディスプレイで赤身の見た目をトロに変えてみました。すると、同じ赤身を食べているのに、赤身の見た目のままの時よりも、トロの見た目の時のほうがおいしいと回答しました。次に赤身を食べてもらって、見た目はサーモンにすると、サーモンだと言う人がいるのです。食べているのは赤身なのに、視覚情報によってサーモンだと思ってしまうわけです。その人は香りもサーモンだと言いました。視覚情報を変えるだけで味覚だけでなく嗅覚まで変えられるのです。この場合、記憶も重要で、視覚情報によって過去の評価の記憶がよみがえるということも原因だと考えています。おそらくいろいろなファクターが関与していると思われるので、まだはっきりとしたメカニズムはわからないのですが・・・。

―先生の研究は、ユーザーエクスペリエンス(UX)に非常に近いですね。

岡嶋:クロスモーダル現象の生起には経験が大事です。視覚によってそれが呼びだされるのだと思います。過去の記憶によって、未来を予測するわけです。今まで見たこともないような食べ物を敬遠することは良くあります。これは評価するための記憶がないか、過去にそれに似たまずい食品を食べた経験があるからです。先ほどのARの実験も、赤身を食べてイカやタコを見せるも同じようなことは起こらないだろうと思います。視覚でどこまで変えられるかはとても大事で、脳の中で食品がどのように記憶されているかを調べることにもつながります。食品も「情報」と考え、視覚の情報と味覚の情報をヒトはどのように評価するのかをこれからもいろいろ調べていきたいですね。食品自体はまったく同じなのに、視覚情報を操作することで、味を変えられる技術は応用範囲も広いです。チョコレートの味をまったく変えずに、四角い形のものと丸い形のものを食べてもらうと、ほとんどの人が「丸い方が甘い」と言います。丸くするだけで知覚的に糖分を上げられるのです。これってダイエットに使えますよね?

―色だけではなく、形によっても味が変わるのですね。

岡嶋:音によっても食感は変わります。老人ホームで、やわらかい煎餅を食べてもらい、その時に硬い煎餅を食べた時の音を聞かせたのです。みなさん「久しぶりに硬い煎餅を食べた」と言って感動されていました。ヒトの認知と言うのは、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚が相互作用して総合評価されるのですが、特に食べる際には五感を総動員させているわけです。

―ところで、先日のセミナーで、参加した皆さんがショックだったのは、視覚特性は20歳ごろから老化が始まって、水晶体が黄色く濁ってくると言うことだったです。

岡嶋:老化現象は生まれた時から始まっています。ただ発達も同時に始まっていて、20歳ごろまでは発達が老化に勝っているのです。視覚においては、子供は視野が狭い、だから横断歩道を渡るときに右見て左を見てと教えるのです。成長すると視野が広がってきて20歳代が一番広く、それ以降はまた狭くなっていきます。水晶体も20歳頃からレンズが黄色くなってきます。

色には反対色という関係があって、赤と緑、黄と青は反対(補色)の関係にあります。つまり、黄緑は存在するのですが、黄青は存在しない。つまり黄色が見えている時に青は存在しないわけです。水晶体の老化は光に黄色の割合が増えるので、視覚系は青を強めてプラスマイナスゼロになるように調整しているのです。だから白いものは年をとっても白く見えているわけです。これを「加齢に伴う色の恒常性」と言います。だから私たちは歳を取っても、自分の眼のレンズが黄色くなっているとは思わないのです。しかし白内障になるとその恒常性の限界を超えてしまうため、眼内レンズに換える人が出てきます。黄色く濁ったレンズを入れ替えると、その瞬間、世界が青く見えるのです。いままで黄色く濁っていたレンズのために黄色を下げて青を上げていたのに、いきなり透明のレンズに入れ替わったために、補正していた効果がダイレクトに影響してしまうのです。

―私の周りでも、白内障の手術をしたら空が信じられないくらい青く見えたという人が何人かいます。先生の話を聞いているとその理屈がよくわかります。

岡嶋:普通は1週間か2週間すると脳が再び白が白に見えるように調整してくれるのです。最近はいきなり透明のレンズに換えるのではなく、少し黄ばんだレンズにして脳の負担を軽くするようにしているようです。昔は赤ちゃんの眼に戻していたのですが、今は20代に眼に戻しているわけです。

―高齢のお客さまから黄色や薄い茶色の文字が読みにくいとコールセンターに苦情がくるという相談が多々あります。

岡嶋:赤緑が判別しにくい人がいますが、高齢になると黄と青の判別がわかりにくくなります。特に、青は暗くなってもくるので黒地に青字が特に読みにくくなります。正確に言うと、水晶体が黄色くなるのは、黄色が増えたわけではなく青が減るからなのです。青が減ると黄色が強くなるので黄色く見えてしまうのです。高齢者は黒背景の青文字や青背景の黒文字が読みにくいことや、高齢になると紺の靴下と黒の靴下を履き間違えるということが起こるのもそのためです。

―高齢になると文章を読んでいるスピードも遅くなるし、記憶力も低下してきます。長い文章を読むことがつらくなってきます。

岡嶋:高齢になると視力(調節力)の低下に加えて、有効視野も小さくなるので、読むスピードは遅くなりますね。文字の視認性を決めるファクターには3つあります。文字の大きさと背景の明るさ、そしてコントラストです。もうひとつ時間を入れて四要素と言う場合もあります。以前、背景の明るさとコントラストを一定にして、どこまで文字を小さくできるのかという実験をしました。情報をたくさん入れたいけれど、そうすると文字を小さくしなければならない、でも小さくすると読みにくくなる。だからどこまで小さくできるかを調べました。その結果、文字の大きさを2倍にすると、高齢者も若年者と同じ読みやすさになることがわかりました。

―いまUCDAが関わっていることに、紙面のスペースは変わらないのに文字を大きくしてしまうと行間が狭くなって、余白もなくなって読みにくくなる。挙句の果ては、文字を変形させてさらに読みにくくなってしまう、ということがあります。

岡嶋:先の実験をした時は、行間については特に制御しませんでした。でも行間の影響についても調べる必要があると思っています。ぜひUCDAの皆さんやUCDA理事の矢口先生(東京電機大学准教授)と一緒に、そのような実験をしたいですね。限られたスペースに決められた情報をデザインする時の文字の大きさと行間、文字間の関連性を明らかにしたい。若い人への影響と高齢者への影響の関連性にもとても興味があります。

―パッケージも情報量が増えていきます。パッケージの大きさは変えられないので、文字を大きくすることもできない。増え続ける情報を整理していかないと重要な情報がわからなくなってきます。

岡嶋:パッケージの相談もよく受けますが、ひとつは面積が限られているので、伝えたい情報と情報を伝えなくていい情報を分けてくださいと言います。具体的に言うと、「ここは商品の売りだから非常に読みやすくしたい」、知りたい人が読めばいいのはこのレベル、というのをまず作ってくださいと伝えます。次にパッケージをどのような状況で見るのかを想定してもらいます。

以前、缶飲料の文字の相談を受けました。最近は、缶飲料をコンビニで購入する方が多いそうです。コンビニにふらっと入ってきた人に、手を伸ばしてほしい。コンビニという照度環境で、何をどのように見せたいのかがわかれば、文字のサイズが決まり、適切なレイアウトを施すことができます。

―UCDAでは食品パッケージの成分表示について研究をしています。いわゆる裏面です。裏面は確認するために見るものですが、そこには情報が増えていきます。結果的に誰にも読まれないものになってしまいます。実際にパッケージをデザインしている方々も読まれないようなものを作っていることに虚しさを感じているそうです。UXも大事ですが、重要な情報を「わかりやすく」伝えるために努めてほしいと思います。

岡嶋:文字の視認性は定量化できますので、様々な対象に最適な設計ができるようなると思います。

―食品会社の方に聞いたら、スーパーでパッケージを見てから購入を決めるまで、だいたい6秒くらいだそうです。6秒で勝負ができるようなデザインにしないといけない。

岡嶋:「見えやすさ」に時間のファクターを入れても面白いですね。以前、反応速度を測ってみたことがありました。反応速度を測ったら、面白い結果が出てきました。視認性のレベルを「多少読みにくいが読める」から下げていくと読む速度が急激に遅くなりました。「苦労せずに読める」以上だとほとんど速度は変わりませんでした。すぐに理解してもらうためには、「苦労せずに読める」以上にしておけばよいのです。これは、高齢者でも同じでした。

―先生が代表をされているVSAT(視覚科学技術コンソーシアム)についてお聞かせください。何度も参加しましたが、先生方それぞれ研究のテーマが違っていて非常に面白いと毎回感じています。

岡嶋:10年以上前にバリアントール(色弱模擬フィルタ)の開発プロジェクトが愛知県で始まり、外部コンサルタントとして私も参加しました。製品化してプロジェクトは終わったのですが、研究者や関係者がたくさん集まっていたのでこのまま解散するのはもったいないね、という話になりました。視覚科学の研究者と企業で、視覚科学に関する集まりを作ろう、ということになり、10年前にVSATが始まりました。学会等で聞ける話もありますが、クローズドなメンバー制にしたので、通常では聞けない話も聞けますし、企業の方が研究者に気軽に相談でき、堅苦しくない集まりとして運営を続けています。

―いま、すべての業界が、高齢者の方にはどう見えているのかを知りたがっています。先生の研究が社会課題の解決に大きな力になると思います。UCDAの研究も視覚情報を分析することです。重要な情報をきちんと届けるということは、企業の社会的責任だと思っています。「わかりやすさ」の研究はまだまだ奥が深い。

岡嶋:高齢者の中でも超高齢の方に対して、どのように情報を伝えたらいいのか、研究はまだ進んでいません。これからの課題です。また、文字や文章の読みやすさは定量化されつつありますが、行間や行長、文意の効果等、まだまだ調べることがあると思います。エビデンスのある提案ができると説得力が違ってきます。そして、社会的な効果も出てくる。働き方改革や企業のコンプライアンスなど、社会的課題の解決にも効果が高いと思います。視覚情報は印刷物だけではなく、電子媒体やその中のコンテンツにも広がっています。文章も動画化されています。情報を伝えるための動画について調べるのも面白そうですね。

―UCDAでは「情報映像」と言っています。プロモーションのような映像ではなく、保険商品や金融商品などについて説明をする動画です。手続きの手順や、注意事項など、文字で伝えようとするとかなりスペースをとってしまう文章を、動画で説明することは広がってくると思います。そこにも「わかりやすさ」の基準が求められています。

岡嶋:eラーニングが近い分野だと思います。私たちは活字世代ですが、今の若者の周りには動画情報があふれています。また、視覚機能が弱くなった高齢者は動画情報の音も重要です。「読みやすくてわかりやすく」なければいけないですね。

―UCDAの活動について何かご意見がありましたらお聞かせください。

岡嶋:ユニバーサルデザイン(UD)の話は、私が高齢者の視覚研究を始めた頃からあって、意識もしていましたが、UDを専門にしている会社や組織は少ないように思います。UCDAの話を最初に聞いたとき、文字情報を中心にコミュニケーションという視点でUDを専門的に研究するというのは聞いたことがなかったので、着眼点がいいなと感じましたし、需要もあるだろうなと思いました。

昔は、重要な説明文書であっても、読みにくいものが多々ありました。それが「わかりやすく」なれば、みんな読むようになると思います。情報として出ているものは、情報としてわかるようにしないと本来いけないはずです。出ている情報がわからないのは、おかしいですよね。UCDAは、第三者機関としてどこにも臆することなく主張し、成果も出ています。誰かがやらなくてはいけないことを、UCDAが始めたことはすごいことだと思います。いろいろ苦労もされたと拝察しますが・・・。

―岡嶋先生や矢口先生、保険会社や金融機関と一緒に「高齢者や超高齢者に対しての情報伝達」について研究を進め、超高齢者にとっての「わかりやすさ」を基準化していきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

※VSAT(視覚科学技術コンソーシアム)のホームページはこちら

ー編集後記ー
視覚の研究は脳の科学にもつながっていて、なかなか奥が深いですね。ますます高齢者(超高齢者)の見え方についての研究を進めることが楽しみになりました。人間工学の矢口理事(東京電機大学 理工学部 准教授)とのコラボレーションにご期待ください。