企画コンセプト

ローマ神話では、学問発祥の地、アテナの近くに「ミネルヴァの森」というものがあったとされています。ミネルヴァとは、知恵の女神の名前で、つねにフクロウを従えていたことから、フクロウもまた知恵の象徴です。
この企画では、理事長の在間稔允が、長年活躍されてきた各界の賢人の方々(フクロウたち)に、これからのUCDのあり方についてお聴きします 。

ゲスト:川村雅彦(かわむら・まさひこ)株式会社ニッセイ基礎研究所 上席研究員、ESG研究室長

プロフィール  1976年九州大学大学院工学研究科修士課程修了、三井海洋開発㈱を経て、1988年㈱ニッセイ基礎研究所入社。専門は環境経営、CSR経営、環境ビジネス、統合報告。環境経営学会(副会長)、BERC(フェロー)、オルタナ(CSR部員塾・塾長)などに所属。著書は「CSR経営 パーフェクトガイド」(単著)、「統合報告の新潮流」(共著)、「カーボン・ディスクロージャー」(編著)など。

—CSR(企業の社会的責任)の実践とCSV(共有価値の創造)の実現—

—本日はCSR研究の第一人者である川村さんにお話を伺います。まずは、「CSRとは何か」というところからお聞きしたいと思います。

ゲスト 川村雅彦(かわむら・まさひこ)様そもそも、日本ではCSR(Corporate Social Responsibility=企業の社会的責任)について誤解があります。「コンプライアンス、本業と直接関係のない社会貢献活動、あるいは本業を全うすることがCSR」という思い込みを、まず払拭する必要があると思います。これは、日本独自の戦後60年にわたる歴史の中で形成されたDNAとも言えます。

「本来のCSR」とは、持続可能な社会の実現のために「企業の意思決定や事業活動が社会や環境に及ぼす影響に対する責任」を意味します。簡単に言えば、企業が工場や製品で誰かに迷惑をかけたら、それに誠実に対応することです。そして、マイナス影響の最小化は当然ながら、プラスの影響の最大化も重要です。これが、世界が10年かけて合意したあらゆる組織の社会的責任に関する国際規格であるISO26000(2010年発行)の定義です。

—たとえば自動車メーカーは、生活を便利にするために自動車を発明しました。その結果、排ガスによる公害問題が起こり、それに対応するために自動車メーカーはクリーン・エンジンの開発とともに、芸術文化支援や植樹などの社会貢献活動に取り組みました。しかし、2000年頃から企業の社会的責任のあり方が変化しました。現在では自動車メーカーは、地球温暖化(気候変動)を抑制するために、工場からのCO2排出削減に努力しつつも、CO2を出さない電気自動車や燃料電池車を開発・販売するようになりました。

持続可能な社会を実現するためには、構造的な社会的課題の解決が不可欠です。企業が本業で社会的課題を解決するには、二つのアプローチがあります。一つは前述した「本来のCSR」であり、もう一つは米国ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱したCSV(Creating Shared Value=共有価値の創造)です。両者の本質的な違いは、本業と社会的課題の認識にあります。

CSRについては、意図的ではなくとも、企業が本業(プロセスとプロタクト)で社会に悪影響を及ぼしている可能性があると考えるべきです。そこで、企業がそれを調べることを「CSRデューディリジェンス」と言います。たとえば、次のようなことです。

  • 社内規程や制度(の未整備)が長時間労働や女性活躍阻害を助長していないか?
  • 工場からの廃液や廃ガスが周辺住民に被害を与えていないか?
  • 製品やサービスが消費者に害を及ぼしていないか、あるいは不便を強いていないか?

このことからお分かりのように、CSRとは「自社が原因者となっている社会的課題を自ら解決すること」です。短期的な利益とは異質ですが、企業価値の毀損防止につながり、リスク・マネジメントの側面もある訳です。それゆえ、企業のブランディングにも関係します。

—それがCSRの本来の意味ですね。では、CSVとはどういった概念なのでしょうか。

ISO26000の発行から二ヶ月後の2011年1月に、ポーター教授はCSRに代わる新しい概念としてCSVを提唱しました。CSVは、自社が社会的課題の原因者ではないものの、「社会全体が抱える社会的課題をビジネスで解決すること」です。ポーター教授は、企業価値(競争力向上)と社会価値(社会的課題の解決)を同時に創造すべきである、と主張しています。

そこでCSVでは、社会的課題と自社の強みをどのように組み合わせるかがポイントとなります。ポーター教授は代表事例として、さきほど在間理事長がおっしゃった自動車メーカーの取り組み、具体的にはトヨタのプリウス開発(気候変動と自動車製造)や、ネスレが取り組む自社製品の原料調達における生産者支援を挙げています。なお、CSVはもともとネスレが言い始めたことです。

—ネスレの事例とは、具体的にどういったものなのでしょうか。

たとえば、コーヒーについて言えば、ネスレがコーヒーという製品を製造・販売するためには、途上国のコーヒー農園からコーヒー豆を輸入する必要があります。それまでは市況に応じて安価で仕入れていたことから、途上国の農家に対して搾取的であると、欧米を中心に社会から批判されてきました。

そこでネスレは新しい方法として、「技術と材料と資金」を途上国の零細農家に提供し支援することで、良質で高級なコーヒーを作ってもらい、それをネスレが専属的に買い取ることにしました。こうすることで、生産者の生活は安定し、自社も高品質の原料を安定して調達することができます。それと同時に、女性の識字率の低さなど、生産者たちが抱えている問題、すなわち現地の社会的課題にも対応する。これがネスレのCSVであり、三層構造で表現されます。基礎にあるのがコンプライアンス(法令等遵守)です。その上にあるのが、社会と企業のサスティナビリティ(持続可能性)、そして最上に「共有価値の創造」が位置づけられます。

—CSRとCSVについて、社会全体ではきちんと理解されているのでしょうか。

CSRとCSVの違いについては、あまり理解されていません。「本来のCSR」は取り組まなければ社会から非難されますが、CSVは取り組まなくても社会から非難されることはありません。

それぞれ責任とビジネスだからです。しかし、いずれも本業で社会的課題を解決することをめざすものであり、持続可能な社会の実現には両者が必要です。私は、これを「CSRの実践、CSVの実現」と呼んでいます。実は表現は異なりますが、「CSRは二つの領域で発生する」として、著名な経営学者であるドラッカーは、このことを50年前にその大著『マネジメント』で喝破しています。

ネスレの考え方とポーター教授のCSVとは同じではありません。彼はサステナビリティに関しては否定的な見解を示しています。「いかに社会課題の解決をビジネスにするか(=マネタイズするか)」に力点を置いたのが、ポーター教授のCSVです。私自身は、「CSV=儲かるCSR」と安易に考えることは危険だと感じます。CSRが基本ですが、CSRとCSVは相互に置き換えられるものではなく、両輪関係にあるという考え方が、現在のCSR研究の世界的な潮流だと思います。

日本に関して言えば、近江商人の「三方よし」という言葉がありますね。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」、これは優れてCSVです。こうした土壌があったので、日本の企業には、CSVという概念は受け入れやすかった面があると思います。

—CSRやCSVに取り組む上で大切なことはなんでしょうか?

CSRとCSVの取り組みにおいては、自社事業にかかわるステークホルダーを曖昧にせず特定したうえで、そのステークホルダー価値を向上させるためのコミュニケーションが不可欠だと思います。そこで、次の二点を自問する必要があります。

  • 自社のビジネスで、知らないうちに誰かに迷惑をかけていないか?
  • 迷惑をかけているとしたら、 誰にどのような迷惑をかけているのか?

まず、その「誰」を特定することが大事です。それが、さきほどお話しした「CSRデューディリジェンス」です。

—UCDAでは、情報コミュニケーションには必ず「わかりにくさ」の原因となるマイナス面があると考えています。それを発見してゼロの状態にして、さらにプラス面へと繋げるのですが、「CSRデューディリジェンス」の話に通じるものがあると感じました。

そうですね。CSR報告書などでステイクホルダーへ情報を開示するにしても、なんでも開示すればいいという訳ではありません。それではかえって、わかりにくくなってしまいます。本当に必要な情報を精査して、きちんと相手に伝わるように開示する必要があります。そういう意味で、UCDAの取り組みは「UCDデューディリジェンス」と言えますね。

—CSR/CSVの情報コミュニケーションとは―

ゲスト 川村雅彦(かわむら・まさひこ)様—情報コミュニケーションというキーワードが出ましたので、そういった観点からの話をお聞きしたいと思います。

情報の内容が正確かつ合理的であることは当然の前提ですが、情報コミュニケーションで最も大事なことは、必要なことを相手に「自分が伝えたか」ではなく、必要なことが確実に「相手に伝わったか」です。つまり、相手の理解度や状況を慮ることが非常に重要なことだと思います。これは私の海外勤務で得た教訓でもあります。

情報コミュニケーションにおいては、一方向であれ双方向であれ、いかに情報の核となるところが情報の受け手に確実に伝わり理解してもらえるかがポイントです。その伝達性に情報発信者の“誠実さ”が出るのではないでしょうか。

— CSRの専門家である川村さんから見て、UCDという取り組みはいかがでしょうか。

理事長 在間稔允(ざいまとしちか)情報量の増大と高齢社会の進展を背景に、だれもが「見やすい、わかりやすい、伝わりやすい」情報を必要としています。逆に言えば、情報コミュニケーションにおける「情報のわかりにくさ」という社会的課題が顕在化してきたといえます。それゆえ、CSRとして自社製品・サービスに関する購入者・利用者への「情報の伝わりやすさ」という情報発信者自身による社会的課題の解決が求められるのです。 ここにUCDの取り組み意義があると思います。

—具体的に、どのように課題を解決すればよいのでしょうか。

情報発信者には、「情報の伝わりやすさ」について自問自答することをお勧めます。

  • 自社のプロセスやプロダクトにかかわる「伝えたい情報」(場合によっては、ネガティブ情報を含む)は、本当に顧客や生活者・消費者に届いているのか?
  • 「伝わりやすさ」への努力をしているか?
  • それを自らのCSRとして認識しているか?

こうした点に心を配るとよいのではないでしょうか。

—川村さんには、昨年の「UCDAアワード」選考結果報告会で基調講演をしていただきました。

そうですね。情報コミュニケーションでは、絵や図表を含む文字情報が中心です。「UCDAアワード」の受賞作をみると、全体レイアウトや色使い、コンパクトな文章量、フォントやサイズを含めて文字情報の見やすさ・伝わり易さに腐心していると感じました。つまり、「読み手ストレス」が少ないことを目指しているのだと思います。素晴らしいことですね。

—持続可能な社会の実現のために―

ゲスト 川村雅彦(かわむら・まさひこ)様すべての人のためのデザインをめざすUDは、モノから情報コミョニケーションへという必然的な流れの中にあり、持続可能な社会の実現へ大きく貢献するものです。そこに着眼したUCDAの活動はユニークで先進的だと思います。その意味で、今後は国内標準化はもとより、将来的には国際標準化も視野に入れるとよいのではないでしょうか。

昨年の「UCDAアワード」でCSR報告書を取り上げたことをきっかけに、UCDの考えがCSR・環境報告書、統合報告書あるいは年次報告書へ適用されていくことに多いに期待しています。現実問題として、発行主となる企業側と報告書の制作会社の双方へのアプローチが必要となるとは思いますが、ぜひとも実現してほしいです。

—自治体でもOSRという考え方がありますね。

社会的責任はあらゆる組織に求められます。自治体にもプロセスとプロダクト(行政サービス)に関するOSR(組織の社会的責任)があります。行政などにありがちなこととして、他人の意見に耳を貸さないということが挙げられます。「権威のある組織や人の意見しか聞かず、なおかつ自分たちに都合の悪いことは聞かなかったことにする」という2段構えの構造です。異なる立場の人々の言うことに耳を傾けないと、どんどん独善的になってしまいます。ですから、UCDAのような第三者機関の意見を取り入れ、発信する情報コミュニケーションを改善していってほしいと思います。それが、住民サービスの質的向上にもつながります。

—最後に、川村さんにとってのUCDとはどのようなものでしょうか。

一言でいうなら「持続可能な社会を実現するための重要な情報戦略および戦術」でしょうか。日本は異質なものをなかなか受け入れようとしない均質社会という側面がありますが、近年ではダイバーシティ(多様性)を認めることが重要だという認識を社会も企業も持つようになってきました。そうした流れの中で、情報コミュニケーションだけでなく、社会の多様性に対応できる、誰にも利用しやすい仕組みのUD化も必要になってくると思います。
そして、UCDはモノや情報・コミョニケーションを超えた『心のユニバーサルデザイン』だと思います。公共交通機関では旅客サービスの向上ないしCSRの一環として行われていますし、多くの県や市町村でも、誰もが住みやすい街づくりをめざしています。共通することは、少子高齢化や顧客の多様化を背景に、サービスを提供する者の他者への“おもいやりの心”を醸成することです。
UCDAにはぜひそういった面での貢献にも期待します。企業や行政などがUCDの考えを導入することで、偏見や差別、過度の格差のない持続可能な社会が少しずつ実現できると思います。

—本日はどうもありがとうございました。

(2016.05.16 収録)