第26回:あらゆる金融機関に「顧客本位の業務運営」浸透を目指して

プロフィール
長澤 敏夫(ながさわ としお)

1984年3月 早稲田大学商学部卒業。同年4月太陽神戸銀行(現三井住友銀行)入行。
海外現法や証券子会社等において、デリバティブ業務、リスク管理業務等に従事。
2011年1月 金融庁入庁。2014年7月より「顧客本位の業務運営」のモニタリングに従事、2019年8月から、リスク性金融商品販売モニタリングチーム長 主任統括検査官。2020年12月 金融庁を任期満了につき退職。
現在は、株式会社日本資産運用基盤グループ 主任研究員。

― 2021年9月に、金融庁が「顧客本位の業務運営に関する原則」を採択した金融事業者リストを公表しました。現状、この原則への取り組みは進んでいるのか。今回は、昨年まで金融庁にいらして、現在は地域金融機関の資産運用関連業務のサポートを中心にビジネス展開している日本資産運用基盤グループの長澤敏夫様に、金融庁で携わった業務も交えてお話を伺います。

民間企業の経験を携えて金融庁へ入庁

― 最初に、長澤様の経歴を教えてください。

長澤:1984年に合併前の太陽神戸銀行に入行しました。90年にニューヨークに合弁会社ができて、そこでいわゆるデリバティブ取引に携わり、97年に帰国。それから色々な業務を経て、2011年に金融庁に入庁しました。そこでは主に、投資信託等の販売状況を把握・分析し、顧客本位の業務運営の観点から適切な営業がなされているかをモニタリングしてきました。

― 金融庁が金融処分庁から金融育成庁へ発展していく中で、モニタリング方法も変化していったのでしょうか。

長澤:そうですね。従来は検査で指摘事項を挙げ、改善する方策をまとめていくという流れでした。それが、金融機関がベストプラクティスを競い合う中で、好事例を見つけて、「よそ様はこうした取り組みをしています」とか、「ここはもう少し工夫が必要ではないですか」等の対話を中心としたモニタリングに変わっていきました。

日本の金融機関の問題解決を使命として活動している

― 長澤様の所属する日本資産運用基盤グループの活動内容をお話しいただけますか。

長澤:ひと言でいうと、資産運用に関わる金融機関様の黒子的な存在です。自ら何か運用したり販売したりするのではなく、システムやスキームを構築して、金融機関様のバックアップを行っています。金融機関様がシステムや仕組みづくりを一から立ち上げるより大幅なコストダウン、効率化を図れます。

― そのようなビジネスを始めたきっかけを教えてください。

長澤:日本の金融機関には大きな構造的な問題が2つあると考えたことがきっかけです。1つは専門人材が東京に集中していて、地方の金融機関が活用できていない状況があります。もう1つ、日本の遅れている面として、自前主義でやろうとすることがあります。欧米の資産運用会社では、事務や営業などは全部アウトソースして、プロが運用に特化してやっている。それに比べて日本は非常に非効率です。この2つの解決が当社のミッションです。

― 主なクライアントはアセットマネジメント会社と伺いました。

長澤:今メインになっているのは資産運用会社様や証券会社様の提供するファンドラップ、複数のファンドを組み合わせて運用、管理を行うサービスのサポートです。ファンドラップのシステム構築にはコストがかかり、今まで取扱いは大手の金融機関が中心となっていました。そこで我々は初期コストを抑えて、月々の収益の中から一部使用料をいただく形でサービスを提供することで、幅広い金融機関に取り扱っていただけるようにいたしました。また、グループ内に資産運用会社を持たない地域金融機関様には、契約の媒介をしていただく形で、自らのお客様にサービスを展開していただけるような仕組みを提供しています。それがゴールベース・アプローチ型ラップサービスです。

― ゴールベース・アプローチ型ラップサービスとはどういうものですか。

長澤:例えば教育資金や住宅資金など、お客様は色々な人生の目標(ゴール)をお持ちです。こうした長期的なライフプランの実現を目指して、資産運用計画の策定から実際の運用、期中での見直しまでを継続的にサポートするサービスとなります。1月に改訂された「顧客本位の業務運営に関する原則」に、お客様のライフプランに沿ったポートフォリオ提案や、⾧期的な視点にも配慮した適切なフォローアップなどが盛り込まれましたが、それを具現化できるサービスだと自負しています。また、このサービスでは、お客様から販売手数料ではなく、運用残高に応じた手数料を頂きますので、運用による資産の増加というお客様の利益が金融機関の手数料収入の増加にもつながるといった点で、両者の目指す方向が一致しており、顧客本位の実践に相応しいサービスではないかと考えています。

地域金融機関は強みを生かしきれていない

長澤敏夫氏

― 日本資産運用基盤グループでは主任研究員として活動されていますが、どのような業務をされているのですか。

長澤:前職での経験を活かして、いわゆるフィデューシャリー・デューティー(FD)を中心に情報を発信していくのが重要な役目の1つです。資産運用関連情報のSNSでの発信や、関連雑誌への寄稿などにより、FDの浸透を図っています。また、最近は地域金融機関様に我々のスキームを説明する際に、なぜこれがFDの態勢構築に役立つかというところからお話しして、FDへの理解をさらに深めていただく取り組みもしています。

― 地域の金融機関を中心に活動されているのですね。

長澤:地域金融機関様の、地域における信用は絶大なもので、かつ、情報も豊富にお持ちです。しかしその強みを活かしきれていません。例えば営業員の方は、お客様の家族構成から進学・結婚などの情報をよくご存知です。ゴールベースと申し上げましたが、お客様の色々なニーズを把握されているのに、サービスを提供するツールが今までなかった。そこで運用自体はプロに任せて、強みであるお客様との接点に集中していただければ、という思いでサービスを提供しています。
今までは投資信託の販売で一定の収入を得ることができていましたが、手数料の低下傾向は止まりませんし、ネット証券などにどんどん若いお客様を獲得されてしまっているというのが足下の状況です。そういうビジネスモデルの行きづまりに対して、自らの強みを活かせるラップサービスを導入したらどうかという提案をしています。

金融機関のビジネスモデルの大転換が課題だ

― 日本の資産運用の現状と課題について、どうお考えですか。

長澤:人生百年時代と言われて、老後資金2000万円問題もありましたし、お客様の意識の中で資産運用のニーズは高まっていると思います。一方で、コスト意識も高まり、ネット証券に流れている面もあります。対面を得意とする地域金融機関様の収益環境は悪化していますし、改善の見込みもあまりありません。
原則の改訂によって顧客あての提案の高度化が求められ、その対応にもコストがかかってきます。
そういう中では、各金融機関様の強みを生かせるビジネスモデルに転換していくことが必要です。FDについても、金融庁はFDとビジネスの持続可能性を両立させる方策を、各金融機関で考えなさいと言っています。

― 各金融機関の努力と工夫が求められるということですね。UCDAの理事で国際金融アナリストの大井氏が、一般の生活者に対する金融教育が不足しているので、もっとユーザーの立場に立った教育が必要ではないかと申していました。

長澤:リテラシーを高めていくことは重要です。一攫千金を狙うようなFXとか暗号資産が華々しく取り上げられますが、それを資産運用だと誤解してはミスリードになってしまいます。資産運用って意外に地味なものですが、その分、特定の人が行うものではなく、万人に必要なものだと思います。

― 長くにわたって金融業界をご覧になって、日本はここが変わってきたなと思う点はありますか。

長澤: 2014年頃には回転売買もけっこう行われていましたし、商品も手数料の高い尖ったものが多くて、本当にお客様のニーズに合っているのだろうかと首をかしげるようなこともありました。営業員の業績評価が収益に偏っていたことが、そういった営業を助長してきた一つの要因かと思いますが、最近では、お客様の預かり資産を増やすとか、新規のお客様を増やすなどに、評価の軸足を移してきており、かなり変わってきたと思います。

「顧客本位の業務運営」の“見える化”が必要だ

在間稔允

― 金融庁はFDについて「比較可能な共通KPI」と言っていますが、その辺りは少しずつでも実現できているのでしょうか。

長澤:金融機関様によってお客様の損益の良し悪しはあるにしても、それを比較するだけではなく、なぜ自行/自社のお客様の収益がよかったのか、悪かったのかということを分析し、対応するところも増えています。そういう副次効果も出てきていると思っております。

― 「顧客本位の業務運営」には「重要な情報のわかりやすい説明」が含まれています。これに関して、UCDAでは十年前から重要性を唱えていました。

長澤:金融機関様はそれぞれ独自の取組方針をHPなどで掲げています。ただ、その中で重要な情報をわかりやすく説明しますと記載していても、具体的な取り組みを示していない。私が常々申し上げているのは、例えば去年まではこうだったところを今年からこう変えましたと、具体的に示した方がお客様に伝わりやすいのではないですか、ということです。それで最近は、説明資料の画像を小さく圧縮するなどしてHPに具体例として見せているところがけっこう増えています。

― 「顧客本位の業務運営」が浸透してきているのでしょうか。

長澤:そういう面ではUCDA様のわかりやすくするための取り組みが非常に重要だと思います。UCDA様から、取り組みのヒントを提供していただくことによってレベルアップしていくと思います。

― 私たちも業界全体のレベルアップを目指しています。

長澤:金融機関様も試行錯誤していますが、まだなかなかお客様に伝わっていない。6月に金融庁が顧客意識調査の結果を発表しています。その中で、金融機関の取り組みがこの2~3年でよくなってきたと実感されている人は1割程度に止まっています。取り組みが伝わるというのはお客様に実感を持ってもらえることでしょう。それが「見える化」の最終的なゴールだと思います。

UCDの取り組みの裾野を広げることを期待する

― 最後に、UCDAに対するご意見などお願いします。

長澤:UCDAアワードを取られるところは大手の金融機関様が多いと思いますが、大手でなくても取り組みは可能です。UCDA様に裾野を広げていただければと思います。

― 私たちもそう思っています。ただ、なかなか届かないというジレンマがあります。現場の皆様はご自分の仕事で手いっぱいで新しい踏みだしができない環境にあります。やはりトップの方が旗を振らないとなかなか始まらないですね。

長澤:そうですね。お客様のためだけでなく、UCD推進が自らの収益にもつながるということが伝われば、もっと熱心に取り組まれるのではないかと思います。

― 本日はありがとうございました。