プロフィール
池戸 重信(いけど しげのぶ)

1972年 東北大学農学部農芸化学科卒業。同年農林省入省。
同省農林水産技術会議事務局連絡調整課公害対策技術係長、農林水産省農蚕園芸局肥料機械課課長補佐(バイオテクノロジー室併任)、食品流通局外食産業室課長補佐、食品流通局技術室長、食品流通局消費生活課長、独立行政法人農林水産消費技術センター理事長などを歴任。
現在は日本農業経営大学校講師、宮城大学大学院非常勤講師。UCDAアワード2021 実行委員。

正確な情報をいかに「わかりやすく」伝えるかが食品表示制度の課題

― 池戸先生は「食育」「食の安全」に関する業務に長年携われています。
UCDAは2015年ごろから食品分野の「わかりやすさ」を研究しており、先生には当時からたくさんのアドバイスをいただきました。はじめに、一部を除き食品表示基準が2020年4月から全面適用になった食品表示法についてお聞かせください。

まず私は、食品表示は農業者や加工業者、外食業者などと生活者を結ぶ「信頼の絆」だと思っています。食品本体と情報をセットで価値あるものとして提供するための絆です。生活者が知りたい情報、または発信側が知ってもらいたい情報を伝える媒体だと思います。新たに制定された食品表示法は、そうした必要で有効な情報の伝達媒体である表示のルールを定めたものです。ただ、正確な情報をいかにわかりやすく伝えるかが非常に難しく、現行の食品表示制度の課題となっています。

― 2013年に制定された、比較的新しい法律ですよね。それまではどのように管理されていたのですか。

それまでは3つの法律―食品衛生法、JAS法、健康増進法―がありましたが、それぞれ所管も違い混乱がありました。それで消費者庁ができたのをきっかけに、今までの法律をまとめましょうということで、3つの法律の表示に関する部分だけ抜き出して1つにしたのが食品表示法です。

「こだわり志向」や事故の発生のたびに表示項目が増加

― 食品表示のルールはどんどん改定されていて、最近では加工食品に対して原料原産地表示が義務化されました。制度が変わるごとに記載すべき情報が増える一方で、少世帯化の進展で表示面積は減少傾向。国が定める情報提供と生活者が活用・理解し得る情報にギャップがあるのではないでしょうか。

元々の3つの法律は昭和20年代にできたもので、その当時は表示のことはあまり書かれていません。食糧不足の時代だったので、「質より量」の面がありました。段々と、食生活が豊かな時代になり、質が求められるようになりました。また、生活者の「こだわり志向」の高まりや事故、安全性の問題が起きるたびに改正、追加されるようになったのです。

― 時代の変化に応じて変わってきたのですね。

食品表示法の目的に規定されている表示の役割は2つあります。1つは食品の安全性の確保、もう1つは食品の選択に役立つ情報を確保することです。表示事項はこの2つのどちらかに属しています。保存方法、期限表示、アレルゲン表示などは安全性に関するもので、それ以外のほとんどの表示は選択に役立つ情報になります。アンケートによれば、生活者がいちばん見るのは値段、量、その次は期限表示、それから原材料名表示などが来て、いちばん少ないのがアレルゲン表示ですが、優先順位は個々人によって異なります。

― 私もその優先順位は、心当たりがあります。

1人世帯や2人世帯が増えて、小さいサイズの食品が多くなりましたが、表示の文字サイズは原則8ポイント以上と決まっているので、スペースが足りない。ではどうすればいいか。以前、2つの選択肢でアンケートを行いました。1つは生活者の関心が高いもの、安全性に関わるものだけに絞って、その分文字を大きくすること。もう1つは小さい文字でもいいから情報を増やすこと。アンケートでは前者が76%、後者が24%だったのですが、後者も無視できない。それで、表示に優先順位をつけることと、他の媒体を活用して両方を満足させること。この2つが検討課題になっています。

― 他の媒体というとWebですね。今はほとんどの人がスマホを持っていますものね。

アンケートでは、パッケージ本体の表示でやってほしいという人も多いです。年配の人はスマホやパソコンに詳しくない場合があるからでしょう。ただ、10年20年先を考えると、Webの役割は大きくなると思います。すべて含めて検討しましょうと、今宿題になっている状況です。

― 宿題がたくさんありますね。

食品表示法に基づき新たな制度へ移行して一段落ついたことと、2020年3月に公表された新たな消費者基本計画にも示されことを踏まえ、わかりやすい表示についても検討することになりました。今後は表示から情報へという概念に切り替えが必要な時代になると思います。近年、食材・食品は、流通面で国際化し水平方向の展開が進む一方で、農業者から生活者への生産から販売までの垂直方向が分業化してバトンタッチになっているので、これらタテヨコ間の情報のコミュニケーション、情報の共有化が重要になっています。以前起きた食品偽装事件が契機に、食品表示の規制は生活者向けだけではなく、事業者間の情報も対象になりました。

ECサイトでは生活者ニーズと事業者対応にズレがある

― 池戸先生が携われた消費者庁のプロジェクト「ECサイト上の食品情報提供」についてお話しいただきたいと思います。まずこのプロジェクトの背景について、それから実際にどういう調査をされたのか教えてください。

2020年9月、消費者庁長官からECサイトについての話がありました。コロナ禍で通販の利用が多くなっていて、しかも食品のウェイトがかなり大きい。しかし、生活者が知りたい情報が伝わっていないので、まずEC、インターネットを利用した販売についての調査から始めましょうということになりました。

― コロナ禍で通販が多くなっていることは実感でわかります。

食品表示法の規制対象は食品パッケージそのもので、Webを通じた情報提供は同法律の規制対象外なのです。Webで購入後、手元に届いた食品は食品表示法の対象になります。でも、買う前に手にとって見られるわけではないので、生活者はそこを知りたいのです。

― それは当然の意識でしょうね。

いちばん情報として知りたいニーズが高いのは表示法で規制している内容、特に義務表示ですね。一番が期限表示で、次が原材料名表示です。ところが、Webではすべてを見ることができるわけではないので、どうルール化するかが難しいです。例えば関係者が情報を共有できるサイトを作れば生活者にも情報が伝わりますね。今回の調査で、生活者ニーズと対策の困難性から事業者対応が必ずしも一致していないことがわかったので、それをどうするか、引き続き調査することになっています。

表示に対する生活者の知識向上も求められる

― UCDAが行った「わかりやすい食品表示のガイドライン作成プロジェクト」では実態調査・視認性調査・視線追尾分析を実施したのですが、実験結果では、原材料名表示が関心の高い分野でした。事業者側の安全性を届けたい気持ちは伝わってくるのですが、買う側はパッケージの原材料名を見てもわからない名前が多く、自分が関心のある情報だけを取得している状態だと思います。

今回のような調査は過去にも行っていまして、期限表示や原材料名表示など、上位は変わらないのですが、それ以外は時代によって変わってくる。そのたびにルールを変えるわけにはいかないので悩ましいところです。もう1つ重要なのは、生活者の知識や活用する能力が必ずしも十分ではないことです。例えば添加物は悪いというイメージがありますが、決して悪いものではないし、もともと安全性確保のための表示事項ではありません。アンケートでは、不使用と表示されている場合はそれを選ぶ人が多いという結果が出ています。例えば「遺伝子組換えではない」という表示が目立つので、何も書いていないと使っていると思われる。表示がなければ不使用なのですが、それが理解されていません。

― 確かに、表示のインパクトで判断する面があります。

遺伝子組換えを一言で説明しろといっても難しいですよね。だから、学校教育などで学習するようにしてもらいたいと思います。それが表示の情報量を減らすためにも必要です。それから、食品衛生法が改正されて6月から安全性に関連したリコールの届出が義務になりました。表示もリンクしていまして、安全性に関して、例えば表示にミスがあれば、都道府県に届けてそれが消費者庁に伝わって公開されます。

― 安全な製品を提供するだけでなく、適正な表示が求められる一方、生活者の教育も必要なのですね。

わかりやすさとはわかりにくいところをなくすこと

― 先ほどのお話にあった文字サイズは原則8ポイントの件ですが、調査すると必ず小さくて読みにくいという意見が上位に入ります。本当にそうなのか今回のプロジェクトで調べてみたら、7ポイントにしても、行間を取っていれば8ポイントと同様に読みやすいことがわかりました。だから文字サイズだけではなく、デザインとして考えないとわかりやすくはならないと思います。

その研究はぜひ続けていただきたいですね。客観的な基準ができれば、事業者もやりやすいですから。

― 先日、食品会社の方からわかりやすさについて聞かれたので、わかりやすさとはわかりにくいところを取り除いた状態と、UCDAは定義していますとお話ししました。

食品表示を義務と考えると、事業者は前向きにとらえられない。それは、今のような理屈をそこまで突き詰めていないからだと思います。

UCDAには地域とのパイプ役を期待したい

― 最後になりますが、UCDAに対してご意見・叱咤激励ございましたらお願いします。

UCDAアワードを通じて、私自身こんなにすばらしい組織があったのかと初めて知りました。それまで保険・金融機関や行政の文書などに取り組んでこられた実績もあります。食品業界もパイは大きいのですが、中小企業が圧倒的に多い。大手でなくても地域の産業振興に大きなウェイトを占めていますし、そういうところとのパイプをつないでいただき、実態やニーズを知らせていただきたいと思います。

― 今後もコツコツと、食品分野でも「わかりやすさ」の重要性を普及してまいります。本日はありがとうございました。