第30回:情報の格差を無くすために

プロフィール
村 千鶴子(むら ちづこ)

1976年名古屋大学法学部卒業、1978年から弁護士、2004年から東京経済大学現代法学部教授(消費者法)、2021年から一般財団法人日本消費者協会理事長。
現在、日本弁護士連合会消費者問題対策委員会委員、東京都消費者被害救済委員会会長なども務める。

弁護士新人時代に、民法は消費者を守ってくれないことを知った

― まず村さんの経歴を簡単にお話しいただければと思います。

村:私は1978年から弁護士をしていて、2年目に悪質訪問販売の被害にあった女性の裁判に関わりました。そのときに、民法は弱い立場の消費者を守ってくれないという現実を突きつけられ、消費者法の世界に入ったという経緯があります。当時は消費者問題を担当する弁護士は珍しかったので、消費生活相談員の方との勉強会や、自治体や国の審議会の委員をお引き受けするようになりました。そんな中で、大学の方に来てくれないかという話があり複数の大学で消費者法を担当し、2004年に現在の東京経済大学の教員になりました。そして2年前に日本消費者協会の理事長をお引き受けし、現在に至っています。

情報の非対称から生まれる消費者トラブルが物凄く多い

― 民法は消費者を守ってくれないとおっしゃいましたが、具体的にはどういうことですか?

村:民法は、対等当事者間の契約を前提にして、合理的に責任分担を考えた時にどうあるべきかという考え方で組み立てられています。ところが、事業者と消費者の間には、情報にも交渉力にも格差がある。色々な意味で完全対等ではない。そこに民法を当てはめると、知識がない、交渉できない被害者が悪いということになってしまうのです。

― おっしゃっている意味がわかりました。

村:事業者は自分が生産した物を売り、取引条件なども決めているから全部情報を持っている。販売業者も仕入元から情報を取ればいい。でも消費者は何もない。だからメーカーや販売業者から、きちんと説明してもらわないと何もわからないわけです。でも民法では、最初から事業者も消費者も同じだけの情報を持っている前提なのです。

― 法律が、弱い立場の消費者を守ってくれないこともあるのですね。

村:消費者契約法は、格差がある者がなるべく対等な立場で契約を結べる環境整備をするという考え方ですが、これは2000年にやっとできた法律です。私が弁護士になりたての頃は、世間が消費者法に注目して一分野を成すという時代ではありませんでした。

― 今からすると想像できない時代ですね。

村:今は消費者法も豊富にあり、学校でも消費者問題の授業が必ずありますが、当時は日本弁護士連合会や東京弁護士会にも消費者委員会なんてありませんでした。規制緩和の中で、行政規制から民事ルールへと舵を切ったのは1990年代から2000年にかけてです。

― 情報の非対称や、情報の格差から生まれる問題はたくさんありますね。村さんが扱っている消費者トラブルの内容も時代とともに変わってきていますか。

村:物凄く変わってきていますし、変化のスパンも短くなってきていますね。私が扱うのは契約の問題ですが、一方で、欠陥商品で事故に遭うというタイプの製造物責任関係事件を専門に扱っている弁護士もいます。そして、相も変わらず欠陥商品事故は起こっています。ネットショップなどは、安全性に対する配慮が足りないですね。

村 千鶴子氏

事業者と消費者の感覚のずれが大きくなっている

― 最近話題になった成人向けのお菓子パッケージで、表面にアルコール分2パーセントと書いてあるのですが、カラフルなこのパッケージを見ると子供が手に取ってしまう。裏面にも書いてありますが、あまりにも小さい。書いてはあっても、消費者がきちんと認識できるかということが重要だと思うのですが。

村:業界の常識と消費者の常識が物凄く乖離しているのですが、それについてメーカー側の配慮がないですね。これは完全に情報ギャップです。

― 我々の協会活動は保険から始めましたが、保険会社は商品のことは全部知っています。消費者は「知らないから教えてほしい」というところから入ります。情報の格差を解消しないまま契約してしまい、後で後悔するということがあります。

村:業界からすると、これは常識だから説明は必要ないと思うかもしれないですが、消費者のレベルを配慮しないといけませんよね。基準になるのは業界の常識ではなく、消費者がどう思うかだと思います。

― 我々も消費者の話を聞くことが大切だと思っています。また、実際に体験してもらい、科学的手法で分析しています。企業の一方的な考えからデザインしてしまうと問題が起きやすいですし、結果的にブランドのイメージも悪くなりますから。

村:チェック機能が働いていないメーカーが多いのです。メーカーと消費者の感覚のずれが大きくなってきていることに、気づいていないのだと思います。

消費者が見る気になり、見ればわかるような工夫が必要だ

在間稔允

― 我々が「わかりやすさ」を研究し始めたのは、ちょうど保険金不払い問題の頃でした。メディアの分析では、保険の内容が悪いのではなく、問題は「情報がきちんと伝わっていなかった」ということだったのです。そこで、第三者の立場、消費者の視点で「わかりにくさ」を見つけ、「わかりやすく」することを活動目標として、UCDAを設立しました。

村:なるほど。消費者にきちんと情報を伝えるという意味ではいろんな分野に関係してきますよね。例えば食品表示法の一括表示。メーカーの中には、一括表示はしていてもわざと見る気にならないようにしているものもある。一括表示は消費者が見る気になり、見ればよくわかるようにしなければいけないと思います。

― そうですね。私もデザインの力でできることはまだまだあると思っています。例えばある食品会社では、全ての商品でパッケージの表面にアレルゲンを表示している。それも国が定めている28種類を全部表示して、入っているいないをはっきり示しています。表示されていないものはどうなのか不安に思う人が多いからです。表示のデザインは企業のポリシーにも関わることで、それにより消費者は助かることがたくさんあります。

村:こういうことは、企業の中で法律を踏まえて検討しても、なかなか思いつかないでしょうね。だから、こういうやり方もありますという提案には価値があると思います。

どうしたら消費者に見てもらえるかという視点で情報発信してほしい

― 最後に、UCDAに期待されることなどがありましたら、ひと言お願いします。

村:例えば食品の一括表示や、製品を安全に使うための注意事項などの情報提供は重要視されていますし、最近ではそれをスマートフォンのデータで見てもらうということも進んでいます。そのような形で情報提供をするときに、どうしたら消費者に見てもらえるか、見る気になってもらえるかという視点で、情報発信をしていただきたいと思います。そういうものを積み上げてスタンダードとなってくると、法律の中にもやっと取り込まれると思います。ぜひ、情報の格差を無くすためにUCDAが、わかりやすい表示や伝わるデザインについて先陣を切って走っていただきたいです。

― ありがとうございます。スタンダードになるように頑張ります。