プロジェクトUCD 〜フェスティナレンテ〜

「フェスティナレンテ」とは、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの座右の銘で「悠々として急げ」を意味します。
このコーナーでは、日々情報コミュニケーションの課題に悠々と取り組みつつ、UCDを導入し、スピーディーに結果を出している企業・行政・団体を取材します。
「わかりやすさ」への取り組み(プロジェクトUCD)における苦労や、今後のビジョンについてお話しいただきます。
 
 出席者   植田憲二 氏(電通/アートディレクター)田代浩史 氏(電通/クリエーティブ・ディレクター)竹下直幸 氏(書体デザイナー)水野昭 氏(イワタ/代表取締役)矢口博之 氏(東京電機大学准教授/UCDA理事)八杉淳一 氏(UCDAソリューション部/UCDA理事) (50音順)
――「みんなの文字」開発のきっかけは、2009年UCDAアワード前身の「生命保険ユーザビリティ評価」でした。対象物は、「ご契約内容のお知らせ(総合通知)」でしたが、金額や期日など重要な個人情報の印字が読みづらいことに気付いて、文字の研究が始まりました。そして2011年にUCDAフォント「みんなの文字」ゴシック体が完成し、2016年明朝体が完成、ビットマップフォントの受注生産も始まりました。本日は開発にかかわった皆さんに開発秘話など交えながら、UCDAフォント「みんなの文字」の独自性についてお聞きしたいと思います。

水野:「みんなの文字」は、ビットマップフォントから開発を始めるという、今までのフォントと逆の方法で始めました。これは常識では考えられないことです。

竹下:金融機関や自治体の帳票の印字で使われるビットマップフォントを小さく使っても読みやすくする、というミッションでした。技術的にチャレンジしたのは、ゴシック体のハライやハネ先の角を尖らせることをやめたことです。先端が1ドット孤立してしまうと高速印字では飛んでしまいがちになることがわかったので、「みんなの文字」では先端を2ドット残すことにして、細部までしっかりと印字されるようにしました。

水野:1ドットの孤立をなくすように作ったのは「みんなの文字」が最初ではないでしょうか。経験的にこれは読みやすいと思いましたが、客観的にそうなのかはわかりませんでした。

矢口:それを実証するために考えたのが、IPO評価法です。文字を評価するとき、どんな人に見せるか、どんな条件で見せるかによって結果が変わってきます。そこで客観的な評価基準の開発が必要でした。どんな表示方式であれ、文字は程度の差はあっても、必ず劣化して表示されます。その最たる例が高速プリンターで使われるビットマップフォントです。かすれると「見間違える」、つぶれると「わからない」。だったらかすれとにじみに強い文字が読みやすい文字ではないかという仮説をたて、それを検証するためにIPO評価法を開発しました。

――イワタはUDフォントのさきがけでしたが、当時のフォント事情はどうでしたか。

水野:イワタUDフォントは2006年の発売です。家電製品に表示される文字として開発したので、コンセプトは、横組みで10文字以内の使用でした。2008年ごろからUDフォントという書体を各社が出し始めました。それは、印刷物の文字の読みやすさが求められはじめたからだと思います。しかし、UDフォントはどのように使っても読みやすいか、というとそんなことはないんです。

%e7%9f%a2%e5%8f%a3矢口:当時私は、ウイグル語の文字の読みやすさについての研究をしていましたが、私はウイグル語の読み書きはできません。つまり読みやすい文字かどうかは評価できないのです。しかし文字そのものは区別できます。このときに取った方法がIPO評価法の原型のようなもので、文字をどのようにデザインすれば文字自体の見え方がはっきりするか、という観点でいろいろ調べていました。つまり、文字の読みやすさとは何だという研究です。そのために読みづらさの事例を集めたり、文字画像を加工して読みにくい状況を再現したりして評価していました。UCDAとイワタとは、読みやすさの定義について1年ほど議論をしましたが、このときの知見が役に立ちました。

植田:文字におけるユニバーサルデザインの定義がないときに、定義から研究していたんですね。

八杉:長い議論の末にたどり着いたのが、劣化に強い文字が読みやすい文字ではないのかということでした。文字は劣化した状況で読みづらくなる。ということです。
次に、劣化とはどのような状況かということを議論しました。劣化には3つの状況があります。1つ目は、老眼や白内障のように人間の視力が劣化する。2つ目は、日陰やコントラストが低い状況など、環境の劣化。3つ目は、にじみやかすれによる提示状況の劣化です。このような劣化の状況で読みづらさが現れます。そして、劣化に強い文字が読みやすい文字だ、という仮説に至りました。当時のUDフォントは判読性を求めていましたが、可読性や視認性が弱かったのです。

%e7%ab%b9%e4%b8%8b2竹下:UDフォントは総じて字面が大きく作ってあります。すると、一文字一文字は見分けやすいのですが、長文になると窮屈で疲れてしまうので、一文字一文字に余白を作って読みやすさを追求しました。帳票に使うために作ったので、特に太いタイプは必要ないということで今のファミリーになりました。

水野:開発当時は帳票フォントとして、見やすさだけではなく読みやすさも追求しました。金融機関や自治体の帳票はどうしても文字が小さくなり文章もたくさんあります。また、重要な情報は数字で印字されるので、視認性、可読性、判読性のどれもが必要でした。

植田:2010年ごろ電通もUDフォントの新規導入を検討していました。クライアントのUDに対するニーズが高まってきたこともあります。しかし、どのUDフォントを選択するか比較するためのエビデンスがなかったのです。そこでUDについて徹底的に調べたところ、科学的な手法で「見やすさ、わかりやすさ、伝わりやすさ」の基準を策定しているUCDAを知りました。話を聞いてみたところ、科学的な検証によって文字を作り始めたところでした。だったら文字を選ぶのではなく、自分たちが納得できる「見やすい」文字を作ろうということになり、「みんなの文字」の開発に参加しました。

――今回完成した「みんなの文字」明朝体も使用用途から議論を始めたのですか。

八杉:商品やサービスの内容を伝えるためにはゴシック体があるので、語り口調の文章や読み物的なもの、パンフレットや会社案内、CSRレポートなどのトップメッセージなどで使われることを想定しました。電通のデザイナーの皆さんに、いろいろな使い方でシミュレーションしていただき、人間中心設計のプロセスを経て制作しました。

想定状況としては、7~10ポイントで使う、横組みが中心だが縦組みも重要、黒い背景に白抜き文字もある、というようにテストしていただきました。科学的なエビデンスによるゴシック体の読みやすさに加えて、やさしさや安心感など感性テストも行いました。既存の明朝体と勝負するのではなく、今までにない明朝体を作ろうとチャレンジしました。ゴシック体との親和性も重要な要素でした。

竹下:電通のデザイナーの方々から、このように使いたいという要求をたくさん出してもらって、制作、検証を繰り返しました。使い手であるデザイナーの方々の意見は非常に参考になりました。

IPO評価法

矢口:今回は、日本を代表する書体を5つ選びIPOテストを行いました。テストの結果、この5つの文字に比べて、圧倒的に安定領域の広い文字がみんなの文字明朝体でした。もうひとつはユーザーの主観テスト、これは老若男女さまざまな属性の方が混在した200名で行いました。その結果、IPOテストとユーザーテストの結果には高い相関が見られました。

竹下:矢口先生からお借りしたIPOソフトで、計測しながら作ったので、安定領域が一番広いのは当たり前ですが、ユーザー評価の結果が重なったことに意義があります。ゴシック体のときもそうでしたが、仮説が正しかったことが実証されたということです。

植田:制作するときは、具体的にどのような手順で進めるのですか。

竹下:作った文字データをIPOソフトで読み込んで、かすれとにじみの状態を数値化していきます。一つ一つ閾値が出ます。これはカタカナをIPOで計ったデータですが、これを見て、数値が今ひとつ上がっていない文字は修正して数値が上がるまで修正を行います。

水野:簡単な文字も難しい文字も安定領域が一番広くなくてはいけないので、大変な作業です。このようなことをして文字を作っているところは他にないですね。

竹下:明朝体なので縦線と横線に太さの差があります。一番注意したのは、かすれです。通常の明朝体は横線が細くてかすれやすいのですが、「みんなの文字」明朝は明朝体だと判別できるギリギリのところまで横線を太くしました。文字が力強く感じるのはそのためです。仕上げの最終段階で、他の明朝体とどう違うか、全文字を出力して比較テストをしています。漢字は画数が違うものが多いので、ムラができやすい。A社の明朝体は縦横の差が強いのでチカチカして見える。みんなの文字はフラットなので、全体が太く感じる。漢字を見るとよくわかります。ひらがなとカタカナは圧倒的にくっきり見えると思います。

水野:縦が太くて横が細い文字は長文を読んでいると疲れます。従来の明朝体のファミリーは横線の太さは変えずに縦線だけを変えるのがセオリーだったのですが、「みんなの文字」明朝体は、縦と横を同時に太くしたり細くしたりしました。

矢口:竹下さんが言うと、こともなげにデザインしたように聞こえますが、デザイン性を確保しつつ、IPOテストの値を上げるのはかなり大変なことです。文字線を太くすればかすれにくくなりますが、つぶれやすくなります。逆に線の間隔をあければ、つぶれにくくなりますが、かすれやすくなってしまいます。文字の用途やコンセプトをふまえたうえで、客観的なIPOテストの値が高い文字を作るのは本当に難しいし大変なことです。

植田:新聞広告を作るときに、支店の電話番号がたくさん入るときがあります。ここにはゴシック体を使って、本文は明朝体を使ったりします。同じ書体で両方あると使う場面が広がります。

田代:デザイナーには、強めたい、弱めたいと言う希望があります。でも読みにくくてはいけないので、弱めても読みやすい文字が必要です。「みんなの文字」明朝体はそんな文字だと思います。ライトがあるともっと助かりますが。

八杉:ゴシック体は科学的に徹底して作りましたが、明朝体はそこに感性をいれた。200人のユーザーテスト、電通のデザイナー50人によるテストなどの結果から修正を重ねて生まれた文字です。

植田:デザインの使用テストをしたとき、いろいろなケースで使った時の問題点をフィードバックしました。プロトタイプでは、欧文と日本語の混植は大変でした。

田代:私たちが使う場合、どうしてもインパクトがある文字、個性的な文字のほうを選んでしまいます。キャッチコピーなどは「みんなの文字」の特徴と逆のほうにいってしまう傾向があります。でも広告にも本文はあります。重要な文章はそこにありますので、読みやすさはどうしても必要になります。

竹下:見やすさに徹底して作った結果、ちょっとゴッツイという印象が強いかなと思いましたが。

植田:個性的ってそういうことなのかもしれません。

田代:先日、カレンダーのプレゼンをしたのですが、数字だけで見るとすごく特徴があることがわかりました。特徴があって読みやすい、これは使い勝手がありますね。ここでも高齢者に見やすいということが求められました。

植田:明朝体は筆文字から始まっているので、入りがありぬけがあり、留めがありという書体ですから、少々かすれても読めるんですよね。

矢口:日本語は字形や文脈で、類推して読むこともできますが、数字は出方に脈絡がないので、単独で見るときにかすれやにじみは致命的になります。

――ゴシック体の科学的な開発手法に加えて、内容をやさしく伝えたいというリクエストに応えられるように開発したんですね。

竹下:はい。その結果、ゴシック体の時より時間がかかっています。デザインを決めるまでが長くて制作の時間が短かったのです。

 

ISO13407 人間中心設計プロセス

ISO13407 人間中心設計プロセス

水野:通常は、書体デザイナーが基礎デザインを決めたら、原則的にそれが不動のものになるのですが、「みんなの文字」は、人間中心設計のプロセスで制作していくので、ユーザーテストの結果で改善を繰りかえします。明朝体は、ユーザーとしてグラフィックデザイナーの方々のテスト結果を重要視したので要求項目も多くまた内容も多岐に渡っていたので時間がかかりました。通常はユーザーとしてのグラフィックデザイナーの要求は入らない。これがみんなの文字の特徴のひとつです。

竹下:ユーザーの要求によって、強めたり弱めたりして作っています。こんな作り方をしている文字は他にありませんね。

八杉:グラフィックデザイナーの長年の感性を検証の中に繰り返し入れました。白抜きは普通の明朝は使えないが、これはいけるんじゃないかとか。ここをもう少し太くしてほしいとか、縦に組んだときにここが使いにくいから修正してほしいとか。

田代:そんなことを繰り返しながら作ったので、見やすい上に新しい書体になったと思います。

水野:「みんなの文字」明朝体は、横線が太いので、電子媒体での使用に強いんです。

竹下:テストの最終段階では、自分のメールのデフォルトとして、電子画面での見やすさもテストしました。

――「みんなの文字」のこれからの進化はいかがですか。

水野:「みんなの文字」の今後は、ウェイトを増やす方向はあると思いますが、それよりも文字を増やすことが先だと思っています。いまは9千文字ほどですが、人名に対応できるように2万文字まで増やしたいですね。

植田:周りから、ファミリーが少ないということを言われるのですが、みんなの文字は使用用途を特化して作っているのだから、次に作るときも、また使用用途の研究からしないといけないですね。周りの声に左右されて、意味もなく増やすことはできないですよね。

水野:日本語はJISの文字で1万1千字ほどあります。役所で使うとなるとそこまでカバーしないといけない。今の時代、情報はメディアをまたいで流れます。その場合、流れた先のメディアがその文字を持っていないと文字化けをしたり違う表示をしてしまう。それを防ぐためには本文用の文字として2万3千字は必要だと思っています。

植田:デザインをする上で、太い文字を長文で使うことはまずないのですが、細い書体でも通常データ上である程度太らせることはできます。逆に細くすることは難しい。明朝体で次のウェイトを考えるならば、ライトを作りたいと思いますね。

竹下:明朝体の採用事例は初めて見ました。磯子カンツリークラブの会員誌、今回の号を前回の号と比較してみると、高齢者の方には圧倒的に読みやすくなっているのではないでしょうか。

竹下:広告的にはゴシック体と明朝体をどのように使い分けているのですか。植田:私は、コピー内容のニュアンスでやさしく伝えたいときは明朝体。商品・サービスの機能や性能をしっかり伝えたいときはゴシック体。例えば、国際線のポスターはゴシック体で組んで、国内線は明朝体で組むとかイメージで使い分けています。ゴシックのほうがややニュートラルですね。インタビュー記事でも、インタビュアーのようにキャラクターが必要ないとはゴシック体を使って、話し手のキャラクターを出したいときは明朝体を使ったりします。

――ビットマップフォントの受注生産をはじめました。

水野:ゴシック体はビットマップから作ったのですが、明朝体もラベルや通帳などビットマップで使われているケースが多いんです。明朝体のビットマップは、手作業で作るのでとても手間がかかりますが、要望があればチャレンジしたいと思います。

竹下:明朝体の縦線と横線の差を低ドットでどう再現するかが課題ですね。ハネ先がゴシックだと2ドットだったのが明朝体では1ドットになる。それが高速印字のときに飛んでしまうことも考えられます。

ビットマップ

上から
32ドット ビットマップ
ゴシックR
明朝R

田代:デジタルサイネージの場合などはどうでしょう。電車やバスの中での表示など、最近はLEDで高精細になってきているのでアウトラインで対応できると思いますが、案内表示や時刻表示などデジタルサイネージでの需要はまだあるのではないですか。

水野:ビットマップフォントはプログラミングがしやすいんです。また容量が小さいし構造が単純なので表示が速い。デジタルサイネージの表示もアウトラインに変わりつつあるが、需要はまだまだあります。進化していないがなくならない、うちの現場でもビットマップフォントの制作作業は休んだことがないですね。

植田:オリンピックもそうですけど、高齢社会になって、ユニバーサルデザインということが大きく動き始めていて、我々もやさしい文字を選ぶようになってきました。

水野:UDの外国語文字も求められるようになってきました。

矢口:2020年になると、高齢化率が3割近くになるので、読みやすい文字に対する要望も変わるでしょうね。もうすでに、紙で読む文字数よりも電子ディスプレイで読む文字数が圧倒的に多いという人もたくさんいると思います。こうした環境では、自体のデザイン、色や表示サイズという問題だけではなく、時間的な要素についても考えなくてはいけなくなります。さらにオリンピックですから、多言語についても考えなくてはいけないですね。

竹下:ハングルのみんなの文字はカタチがイメージできますね。日常に使わ
れているのは2350文字と日本語の半分以下なので、和文フォントよりも
短期間で作れそうです。こんなのないの?という声が大きければ対応していきたいと思います。

水野:ユーザーの声をもっと聞きたいですね。このような媒体に表示する文字はないの?とか。最近は、2020年に向けて外国語フォントを求める声も多いです。印刷物やデジタルサイネージの表示、案内表示などで、公共社会と多様性社会に対応していく文字として開発を進めていきたいと思います。

――「みんなの文字」の進化は、ユーザーの声を反映させながら進んでいくんですね。本日はどうもありがとうございました。